2012年05月07日

粋な「拡張源氏名」を教えてください

おねえちゃんたちがお店で名乗っている名前を「源氏名」といいますが、本来「源氏名」というのは平安時代の女官たちが『源氏物語』にちなんで名乗った名前のことです。
最狭義には『源氏物語』54帖の巻名のいずれかそのものに限られたのですが、巻名にはないけれど源氏物語に登場する人物などを含むようになり、さらに源氏物語とは直接の関係ないが源氏物語を連想させるような雅な名前もつけられるようになるなどして〈拡張〉されていったそうです。
『源氏物語』54帖の巻名にない名前を、仮に「拡張源氏名」ということにしましょう。

「拡張源氏名」にとても興味があります。
『源氏物語』54帖の巻名を除く、粋な「拡張源氏名」をご存じの方は教えてください。
いつ頃、どこで使われた「拡張源氏名」か、その名前は何に由来するのかわかればなおうれしいです。

下記に、『源氏物語』54帖の巻名と、太夫・花魁・天神・遊女の拡張源氏名、落語に出てくる拡張源氏名をあげておきます。


【『源氏物語』各帖の名前】
1帖 桐壺(きりつぼ)
2帖 帚木(ははきぎ)
3帖 空蝉(うつせみ)
4帖 夕顔(ゆうがお)
5帖 若紫(わかむらさき)
6帖 末摘花(すえつむはな)
7帖 紅葉賀(もみじのが)
8帖 花宴(はなのえん)
9帖 葵(あおい)
10帖 賢木(さかき)
11帖 花散里(はなちるさと)
12帖 須磨(すま)
13帖 明石(あかし)
14帖 澪標(みおつくし)
15帖 蓬生(よもぎう)
16帖 関屋(せきや)
17帖 絵合(えあわせ)
18帖 松風(まつかぜ)
19帖 薄雲(うすぐも)
20帖 朝顔(あさがお)※朝顔が「槿(ムクゲ)」の古称でもあることから、まれに「槿(あさがお)」と表記されることがある。
21帖 少女(おとめ)
22帖 玉鬘(たまかずら)
23帖 初音(はつね)
24帖 胡蝶(こちょう)
25帖 蛍(ほたる)
26帖 常夏(とこなつ)
27帖 篝火(かがりび)
28帖 野分(のわき)
29帖 行幸(みゆき)
30帖 藤袴(ふじばかま)
31帖 真木柱(まきばしら)
32帖 梅枝(うめがえ)
33帖 藤裏葉(ふじのうらば)
34帖(上) 若菜(上)(わかな
 (下) 若菜(下)※35帖とされることあり。その場合は本文の伝わっていない41帖「雲隠」を除く。
35帖 柏木(かしわぎ)
36帖 横笛(よこぶえ)
37帖 鈴虫(すずむし)
38帖 夕霧(ゆうぎり)
39帖 御法(みのり)
40帖 幻(まぼろし)
41帖 雲隠(くもがくれ)※本文伝存なし
42帖 匂宮(におう(の)みや)
43帖 紅梅(こうばい)
44帖 竹河(たけかわ)
45帖 橋姫(はしひめ)
46帖 椎本(しいがもと)
47帖 総角(あげまき)
48帖 早蕨(さわらび)
49帖 宿木(やどりぎ)
50帖 東屋(あずまや)
51帖 浮舟(うきふね)
52帖 蜻蛉(かげろう)
53帖 手習(てならい)
54帖 夢浮橋(ゆめのうきはし)

【太夫・花魁・天神・遊女の拡張源氏名】
高尾(たかお・吉原)
吉野(よしの・京都嶋原)
勝山(かつやま・吉原)
玉菊(たまぎく・吉原)
瀬川(せがわ・吉原)
容野(かたちの・吉原)
雛鶴(ひなつる・吉原)
丁山(ちょうざん・吉原)
揚巻(あげまき・吉原)※47帖 総角(あげまき)の文字違いか
佳の江(かのえ・京都嶋原)
深雪(みゆき・京都嶋原)
薄雲(うすぐも・京都嶋原)
芳野(よしの・京都嶋原)
明里(あけさと・京都嶋原)
糸里(いとさと・京都嶋原)
花香(はなか・京都嶋原)

【落語に出てくる拡張源氏名】
浦里(うらざと「明烏」)
喜瀬川(きせがわ「お見立て」、「三枚起請」など)
千早(ちはや「千早ふる」)
神代(かみよ「千早ふる」。千早太夫の妹女郎)
幾代(いくよ「幾代餅」)
月の兎(つきのと「鰍沢」)
花扇(はなおうぎ「盃の殿様」)


〈参考にしたサイト〉
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E5%90%8D
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q112765186
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1030215055
posted by トナン at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | tonanの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

取り調べの可視化


kashika120501.jpg

以前デザインした取り調べの可視化のリーフレットを改訂しました。
リーフレットのpdfが
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=4504
の左ソデからダウンロードできます。

〈以下コピペ〉
拡散希望! 可視化ってなんとなく知っているし、興味がないわけじゃないけど、刑事司法の難しい話はちょっと・・・という方、奮ってご参加ください。このセミナーは都内ですが、5月から、金沢や静岡など、全国でも可視化を考えるセミナーを実施します。詳しくはアムネスティ日本のHPのイベント参加をチェック!
http://www.amnesty.or.jp/modules/piCal/index.php?action=View&event_id=0000003343
セミナー「刑事ドラマ、ここがおかしい? 〜取調べ室で本当に起きていること〜」 | AMNESTY INTERNATIONAL JAPAN
www.amnesty.or.jp
アムネスティは、人権侵害に対する調査と、独立した政策提言と、ボランティアによる市民の力に基づいて活動する国際的な人権団体です。すべての人が「世界人権宣言」や、国際法に定められた人権を享受できる世界の実現をめざしています。
posted by トナン at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月08日

【刀】刑列初判別


120408-1.png

【刑】説文より前の時代は偏が「井」で、後漢の隷書の時代までその字体が使われている。
【初】南北朝から誤って示偏が書かれることが多くなる。法華義疏では偏に「禾」を書いている。江戸版本では示偏が圧倒的で、衣偏の使用例がみつからないほど。漱石は示偏を書いている。法輪寺切は示偏だとしてもおかしな字体。
【判】旁の縦線は唐代まではまっすぐに書き、左に流すものではなかったようだ。左に流している例が確認できるのは北宋。日本でも上代ではまっすぐに書いている。康煕字典はまっすぐだが、現代中国の印刷字体は左に流している。日本の印刷字体ではまっすぐなのと左にながす例が半々くらい。文部省活字も当用漢字表も左に流している。
【別】古代の字を見ると偏は「咼−口」で、馬王堆まではその字体を書いている。九経字様では偏が「咼−口」の字体を説文、「別」を隷省としている。偏の下部を「力」とする字体が南北朝時代からあり、我が国でも上代の王勃詩序はその字体を書き、その後もその字体が優勢。現代中国でも偏の下部を「力」とする。
posted by トナン at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 字体変遷字典(作成中) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月21日

「さいとう」さんは日本で10番目に多い苗字

「苗字舘」の「全国苗字ランキング」によると「さいとう」の順位と件数は次のようになっています。

藤 17位 137475件
藤 45位 73185件
藤 340位 14744件
藤 694位 6687件

4種類の「さいとう」さんがバラバラに集計されているのです。

以前、「【補足】「斎藤」さんと「斉藤」さん」や「【補足2】「斎藤」さんと「斉藤」さん」に書いたように

「さいとう」の「さい」は本来は「」で、その略字が「」、江戸時代になると「」のように略されます。
つまり江戸時代の手書きで書かれた「藤」は「藤」の略字であって、「」の略字の「」ではないとおもうのです。
それが「」の略字と間違えられて「藤」ができたとボクは考えます。
「全国苗字ランキング」では「藤」は694位で6687件と他の3つの「さいとう」とは件数の桁が違います。
件数からも「藤」は間違い説の状況証拠のひとつになるとおもいます。

ところで4種類の「さいとう」をまとめると232091件になり
9位の小林(241651件)と10位の加藤(203101件)の間に入ります。
「さいとう」さんは実質は日本で10番目に多い苗字なのです。
posted by トナン at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

仮名で見分ける活字ガイド


120124-2.png

アイデア編集部編『もじのみほん 仮名で見分けるフォントガイド』誠文堂新光社を買いました。
とても良い本ですが、これに載っているのは現在発売されているデジタルフォントだけで、金属活字や写植は調べられません。

ボクが作った「仮名で見分ける活字ガイド」のPDFをアップします。
主な本文用の金属活字、写植などの特徴的なひらがなをまとめたものです。
金属活字のひらがなは原寸で載せています。
これは「組版道場」で配布している資料です。

〈追記2012/01/25〉
下記のPDFデータを修正(「*」印を「晃文堂系」と訂正)しました。

120125-2.pdf


posted by トナン at 23:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月12日

第23回蒼溟書展


120112-2.png

2012年2月7日(火)〜12日(日)
好文画廊(東京都美術館が工事中のため)

なお、ボクは出品していません。
ポスターなどを拵えただけです。
posted by トナン at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | tonanの装丁・デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

恭賀新年


2012nenga.jpg

ことしはどうしても「おめでとう」と書く気持ちにならず、「無事」というハンコをつくって捺しました。
どうぞみなさま、今年一年無事でありますように。

壬辰正月 圖南・大熊肇
posted by トナン at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

字体変遷字典 【刀】刈切分刊


111226-4.png

【刈】「刈」「苅」「乂」は異体字。もともとは「乂」でそれに「刀(刂)」がついて「刈」となり、さらに「艸」がついて「苅」になったようだ。「乂」が「ヌ」になる場合が多い。
【切】偏は説文篆文では「七」。干禄字書ではなぜか「土」。九経字様では「七」。通用体では「十」が多い。これは干禄字書では〈通〉、九経字様では〈訛〉とされている。漱石は「土」「七」の両方を書いている。
【分】この字の「刀」は南北朝期あたりに書き順と字体が変わる。草書の書き方の影響を行書、楷書が受けたのだろうか。その字体は干禄字書で〈通〉とされている。この字は文字通り分けるのだから、本来、上部の屋根がくっついてはいけない。くっつく字体は江戸に現れる。そのいけない字体を漱石が踏襲しているが、同時に草書の字体も使っている。
posted by トナン at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 字体変遷字典(作成中) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

干支のはなし(居酒屋トークのまとめ)


先日、居酒屋で常連さんとしゃべっていて、年賀状のはなしがふくらんで干支のはなしになって、「いまのはなし、ブログにまとめてくれ」といわれたので書きます。
このブログの読者には釈迦に説法でしょうけど。

干支というのは十干と十二支の組み合わせのことです。
十干は「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種です。
十二支は「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の12種類です。
十干と十二支を「甲子」「乙丑」「丙寅」……という風に順番に組み合わせると60通りあります。
もともとは「甲子の日」「乙丑の日」「丙寅の日」……という風に60日間の日を数えていたようです。
日を干支で数えるのは殷代からずっと続いていて今日まで1日もずれていないそうです。
殷代は十干の10日を「旬」といっていました。
1ヶ月を「旬」で区切ると「上旬」「中旬」「下旬」。
「旬のもの」なんていい方もありますね。

干支を年にあてはめて60年を数えるのは前漢の頃にはじまったようです。
61年目には元の干支にもどります。これを還暦といいます。
2011年は「辛卯」で、2012年は「壬辰」にあたります。
「甲子園球場」は「甲子」の年にできたのですね。
続きを読む
posted by トナン at 16:34| Comment(3) | TrackBack(0) | tonanの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ボクの名前は「肇」でいいですよ


111226-1.jpg

ボクの名刺はこんなのなんですが、これを見て郵便に一所懸命「」と書いて送ってくださる方がいらっしゃいます。
ごめんなさい。ふつうに「肇」でいいです。

111226-2.png

111226-3.png

金文にはもともと「肇」「肈」の両方の系統があるようです。
金文には「聿」のないものや「攴」や「戈」のないものもあります。
説文解字には「攴」部に「肇」が、「戈」部に「肈」が載っています。
康煕字典では「聿」部に「肇」「肈」の両方がまとめられています。
「攴」は隷変で「攵」になる。「攵」はさらに(誤って?)略されて「又」になることがあります。また、「戸」を「石」のように書くこともあります。
干禄字書も五経文字も「肈」を〈正〉としています。
干禄字書は上部を「石+又」としたものを〈通〉としています。
五経文字は「肇」を〈訛〉としています。

以上をまとめると
1)金文〜隷書までは「肇」「肈」の両方の字体が共存していた。
2)南北朝期〜清まで「肈」が優勢。
3)唐代の正字は「肈」を正字とした。
4)康煕字典では「肇」が親字で「肈」を同字として「聿」部にまとめられている。
5)日本では使用例がほとんどなく、明治以降「肇」の字体が使われる。これは日本書紀に「肇國」という語があるためらしい。

ここまで書いたところでHNGに「肇」の使用例を発見(『教行信証』)。

111226-4.gif
posted by トナン at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする