2007年05月18日

字体変遷・意〜胃

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【意】説文、正字、康煕字典では、一画目が点ではなく横線になっている。
【慰】康煕字典に「尸+二+火+又+心」の字体が先に載っていて、「慰」を同字としている。「尉」とは扱いが違い不統一である。「慰」の元の字とされる「尉」は、説文よりも古い戦国古璽も睡虎地秦簡も右側は「又(手)」ではなく「寸」である。「寸」は「手(又)」に「一」を加え、脈をはかる位置を示す、というのが字源解釈のほぼ一致した解釈であるが、「尉」が古くから「寸」を含む字であることからすると、「寸」の字源解釈が疑わしくおもえてくる。
【易】「日」の最終画を省略する字体、「日」の最終画を横に伸ばす字体、「日+勿」の字体、「日」の下に横線を加える字体の四つがある。このうち「日」の最終画を省略する字体が書き文字としての最も伝統的な字体。「日+勿」の字体が正字から康煕字典、当用漢字、常用漢字につながる字体である。
 字源解釈では、説文解字は「蜥蜴の形」とし、白川静は「玉から光が降り注ぐ形」としている。甲骨文、金文の字形をみてもどちらにもおもえない。ところで白川静の『字統』『字通』『常用字解』のいずれにも甲骨文、金文の字形がなぜか掲載されていない。白川が自説を有利にするために都合の悪い例を除いたとはおもえないので、これらの字形を別字と判断したのだろうか。
【為】常用漢字の字体は、4世紀ごろには既に使われていて、書き文字としては一般的な字体。康煕字典と当用漢字字体表では「為」の字体を「爪」の部首に分類してあるが、「爪」を略した字体を「爪」で引くのはむずかしい。現在の漢和辞典の多くは、「火」の部首にある。
【異】殷から戦国の字形がどうして説文の字体になるのか理解できない。楷書で「共」の上部が四画になっているのに、九経字様で「田+共」と、伝統的な字体よりも正字の方が簡略化されているという珍しい例。康煕字典では「共」の上部が四画になっている。江戸の字体は「己+大」と認識されていたらしい。
【維】「隹」の伝統的な書き順は、左払いの後に右の点を書き「ク」のようになり、現在の書き順とは違う。「糸」の下部は「小」でも点三つでもよく、正字でもそれに近くなっている。
【緯】説文解字の字体を楷書や明朝体にした場合、旁の三画目は右に出ず、一番下の横線は左にはみださず、文部省活字の字体になるはず。「糸」の下部は「小」でも点三つでもよく、正字でもそれに近くなっている。
【胃】説文の字体では上部は「田」ではないのだが、さすがの康煕字典も「田」にしている。
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2007年05月16日

字体変遷・案〜尉

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【案】この字は横に伸ばしたい衝動にかられるところが四箇所ある。それをどれか一つに抑制して他を狭くするのがバランス良く書くコツ。どれを長くするのかは隷書を参考にすると良い。欧陽詢、行書、平安、江戸とも見事。それに比べて教育漢字は……。
【以】「」と「以」は異体字。「」は、どの字源解説も、刃先の丸いすきの形象、という解釈はほぼ一致している。
 「」に「人」がついて「以」になったとする字書もあるが、睡虎地秦簡や馬王堆の字形を見るとそうはおもえない。刃を下に向けたものが「」。刃を左に向けたものが「以」で柄の部分が「人」になったように見える。
 「」の上下を反転して刃先を上に向けたものが「已」で「やめる」の意味となったのだろう。
【偉】康煕字典、当用漢字字体表、常用漢字は、旁の上から二本目の横線が右に飛び出している。文部省活字は康煕字典に倣っていない。
【囲】現在日本で使われている字体は江戸時代からの略字。
【委】横に伸ばしたい衝動を抑制して伸ばすのを一箇所にするのが漢字を格好良く書くコツ。この字の場合は「女」の横線なので「禾」の左右を払ってはならない。康煕字典は明朝体なのでやむをえないとしても、正字、文部省活字、教科書体のいずれも「禾」の左右を払っている。なんとかならないものだろうか。どれを伸ばしたらいいか迷ったときは、隷書の字形を参考にするとよい。
【威】金文では「女の上に横線はない。この横線がなぜ付いたのかわからない。
【尉】 手(又)に火のし(アイロン)を持っている、というのが字源解釈のほぼ一致した解釈であるが、説文よりも古い戦国古璽も睡虎地秦簡も右側は「又(手)」ではなく「寸」である。「又」に点がついて「寸」になったのではなく、もともと「寸」だったのである。
 「寸」は「手(又)」に「一」を加え、脈をはかる位置を示す、というのも字源解釈のほぼ一致した解釈であるが、「尉」が古くから「寸」を含む字であることからすると、「寸」の字源解釈が疑わしくおもえてくる。
 左側は「尸+二+火」であって「尸+示」ではない。隷書には「火」を「れっか」のように四つの点で書いている字体もある。「二+火」が「示」になり、「禾」のように解釈されたのである。北朝碑にも四つの点で書いている字体がある。
 説文の字体を明朝体にすると左側が康煕字典の古文、右側が「又」になるはずである。「慰」は康煕字典では「尉」の古文に「心」をつけたものが最初にあって、「慰」を同字としている。これは一貫性にかける扱いである。
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2007年05月14日

字体変遷・亜〜暗

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【亜】隷書には中央に横線がある。篆書にはない。隷書で突然横線が出現するのは不自然だから、始皇帝の文字統一よりも古い字に起源があるのではないか。とおもって探し出したのが金文の字体。文字統一以前には横線のある字体とない字体があったのだ。ところでこの横線はなんなのだろう。白川静によれば、「亞」は地下の墓室の形で、四隅がないのはそこに悪霊が潜むと考えられていたから、だという。とすればこの横線は棺であろう。
現在の日本で書かれている字体は、行書で書かれてきた字体で、遅くとも宋時代から使われている。
【哀】北朝碑と楷書では「口」の最終画が左に突き出ている。正字の例は見あたらない。最終画は払っても止めてもどちらでも良い。日本上代は一画多いめずらしい字体。
【愛】楷書では「心」の最終画と「夂」を繋げて書く。日本上代の字体を見ると、日本には正字が伝わったようだ。草書はなぜこのような字体になるのだろうか。江戸の崩し方を見るとわかったような気がする。
白川静によれば、「愛」は振り向く人の形に「心」を加えた会意字、だという。「後ろ髪引かれるような」というが、そのような心情を字にしたものだろうか。ロマンを感じる字である。
【悪】隷書では「亜」と同様に横線がある。睡虎地秦簡に横線のある字体を発見。居延漢簡にはくさかんむりがついたようなめずらしい字体がある。「悪」は正字と「西+心」の字体が両方書かれてきた。戦前の陸軍幼年学校の用事便覧には「西+心」の字体が明朝体で印刷されている。現在の字体はもともと行書で書かれてきた字体。
【握】 草書や行書ではほとんどの字に点が付く。この点は捨て筆、咎なし点、補空などと呼ばれる。正字がみあたらない。平安和様は手偏にも木偏にも見える。手偏と「木偏は異体字として通用する。
【圧】 「圧」は「壓」の略字。楷書と正字に使用例が見つからない。しばしば「厂」の上に点がつくことがある。また「土」に点がつくことがある。中国の簡体字は「圧」に点がついた字体。「土」に点がつくのは「士」と間違えないための記号であろう。
【扱】 中国での使用例が少ない。「及」は手書きすると三画なのに、康煕字典も漢和辞典でも四画。
手書きの字体を示しているはずの文部省活字だけ旁が四画になっている。 手書きでは書きにくいとおもうのだがどうだろう。
【安】「宀」の「点」と女は繋げて書くのが伝統的な書き方。
【暗】もとの字は闇。説文と康煕字典だけが「音」の一画目を横線にし、他はすべて(正字でさえも)点にしている。
posted by トナン at 17:20| 埼玉 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 字体変遷字典(作成中) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月09日

姜振茉印

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一寸の白文。
きれいに彫りすぎました。
posted by トナン at 21:10| 埼玉 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | tonanの筆文字・篆刻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする