2006年04月06日

「字体」「字形」などの基本用語

「字体」、「字形」、「字様」、「書体」、「字種」、「書風」などいろいろな用語があるが、これらを一応定義しないと話がトンチンカンになる。
文字を考える上で基本的な用語を考えてみる。

JIS X 0208:1997 「7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化漢字集合」では、「字体」、「字形」を定義している。
タイプフェイスデザイナーやタイポグラファーは、通常はこの意味で使っている。
ボクもこの意味で使う。

「字体」
JIS X 0208:1997
4.定義
i)字体(ZITAI) 図形文字の図形表現としての形状についての抽象的概念。

「字形」
JIS X 0208:1997
4.定義
h)字形(ZIKEI) 字体を,手書き,印字,画面表示などによって実際に図形として表現したもの。

「字様」
これは主に中国で使われた言葉で、初唐代に顔師古が書いた楷書を「顔氏字様」といった。
JIS X 0208でいう「字形」と同義と考えて良いとおもうが、「字体」までも含んだ概念という気もする。

「書体」
これは物理的には定義しにくい。だからJIS X 0208でも定義していないのだとおもう。
手書き文字でいえば、篆書、隷書、楷書、行書、草書などの違い。印刷用文字でいえば、明朝体、ゴシック体などの違いである。
「書体」と「字体」を同じものとして書いている人もいるが、これは、篆書、隷書、楷書、行書、草書と書体が違うと「字体」も違うせいで、混乱しやすいのだろう。
タイプフェイスデザイナーやタイポグラファーは、「書体」と「字体」は別けて考えた方がいい。

「字種」
これも物理的には定義しにくい。
「字体」や「書体」が違っても「同じ字」と認識することを「字種が同じ」であるという。
「天」は2本の横せんのうち、上が長いものと下が長いものがあるが、どちらの「字体」も同じ「天」という字である。また、明朝体で印刷してもゴシック体で印刷しても同じ「天」という字である。こういうことを「字種が同じ」であるという。
「吉」にも2本の横せんのうち、上が長いものと下が長いものがある。これは字種が違うとおもっている方が多く、中には上が長いのが「ヨシ」で下が長いのが「キチ」だという人もいるが、これもどちらの「字体」も同じ「吉」という字である。
「島」、「嶌」、「嶋」も同じ字種である。
「万」は「萬」の略体であり、同じ字種である。朝日新聞では「萬田久子」と表記されているが、読売新聞では「万田久子」と表記されている。彼女がこれにクレームをつけたという話は聞かない。
「花」は「華」の略体で、もともと同じ字種であるが、中国では「華」の略体が別にできたので、半別体の扱いである。

「書風」
中国の書と日本の書では何かが違う。同じ中国人の楷書(かいしょ)でも、歐陽詢(おうようじゅん)の楷書と虞世南(ぐせいなん)の楷書では印象が違う。こういうのを「書風」という。
同じ明朝体でも「リュウミン」と「ヒラギノ」では印象が違う。これも「書風」というのだろう。

〈まとめ〉
たとえば「口」という字は、頭のなかではどのように記憶されているのか。
漠然と「横長の四角形」だろうか、縦長ではだめなのか、角が丸みを帯びていてはだめなのか、○ではだめなのか、△ではだめなのか、▽ではだめなのか。線が波打っていてはだめなのか。
実際に書こうとすると、
1画目は2画目よりも上に出ているのか出ていないのか。
1画目と2画目はついているのか離れているのか。
2画目の横線は水平なのか右上がりなのか右下がりなのか。
2画目の角は鋭角なのか直角なのか鈍角なのか、丸みを帯びているのか。
2画目の縦線は垂直なのか左に寄ってくるのか。
3画目の横線は1画目の下端よりも上から書き始めるのか、線分の先で接するのか。
離れているのかついているのか。
2画目の下は3画目よりも下に出るのか出ないのか。
3画目は2画目よりも右に出るのかでないのか。

ざっと考えただけでもこれだけおもいつく。
これらのイメージを字体という。
字体は脳の中にある汎化されたイメージで、書いたものはその無数にあるイメージの中の1つに過ぎず、そのたった一つの例を見て、その人の脳の中の字体をおしはかる。

字体をストライクゾーン、字形をピッチャーの投げるボールだとすると、自分のストライクゾーンと相手のストライクゾーンがずれているわけで、くさいボールを投げると相手にとってはボールかもしれない。
相手にとってボールということは、相手に字が読めないということになる。

印刷が隆盛になるまでは、手書きがテキストをになっていた。
手書き文字がテキストを担っていた時代は、ど真ん中のストライクを投げる必要がある。
印刷がテキストを担うようになると、手書き文字は安心してくさいボールやくせ球や変化球を投げることができるようになる。

手書きがテキストをになっていた時代は、ど真ん中のストライクを投げられる人が名人だったのだが、印刷ができてからはぎりぎりのストライクを投げられる人が名人といわれるようになる。
「他人のストライクゾーンなんか知ったことか、俺のストライクゾーンはこんなに広いんだ」
というのが前衛書なのかな。
posted by トナン at 09:33| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/16215203
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック