2011年11月10日

【「涼」と「凉」】


111110-1.png

111110-2.png

「涼」と「凉」は異体字として扱われている。
説文篆文では偏が「水」だから、干禄字書(拓本版は摩滅していて見えないので江戸版本を参照)は「涼」を〈正〉とし、「冫+亰」を〈俗〉としている。「凉」は載っていない。五経文字に「冫は訛」とある。
中国では古くは「氵」が書かれていたが、唐代末(懐素の頃)以降は「冫」が多くなる。
我が国には「氵」と「冫」の両方が入ってきたようだ。
平安時代になっても藤原行成は「氵」と「冫」の両方を書いている。
弘道軒に「涼」と「凉」の両方があるが、「涼」は「凉」よりもあきらかに出来が悪いので、ひょっとしたら後から追加されたものかもしれない。
驚いたことに文部省活字にも「涼」「凉」の両方がある。
漱石も太宰も手書き原稿では「凉」を書いているが、印刷本では「涼」にかえられている。
「京」は通用体では「亰」と書かれることが多い。
「亠」を「𠂉」とする字体があるが、草書の影響かもしれない。
現代中国では「凉」に統一され「涼」はない。
posted by トナン at 13:22| Comment(3) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
第二次大戦中の駆逐艦「凉月」について、その文字が「涼」なのか「凉」なのかを考える手がかりとなりました.
貴重な情報ありがとうございます.

連絡用メールフォーム http://form1.fc2.com/form/?id=520835
Posted by 抹茶 at 2014年08月19日 22:54
抹茶さま、コメントありがとうございます。第二次大戦中ですと「涼」と「凉」を同じ字種の字として使っていたのではないかとおもいます。
Posted by ( ´_ゝ`) 大熊肇 at 2014年08月20日 05:11
沖と冲も同様の関係性と思いますが
日本では沖、中国では冲がメインのようですね
冲绳(縄の簡体字)、などと書かれると一瞬目を疑います

西泠(サンズイに令)印社のレイの字も
昔は通常は変換されなくてどうしたものかと思っていましたが
後になって
日本でなら冷と書いておいてもよさそうだ、と思ったことでした
いまとなっては普通に変換されるので
何の苦労だったか、と思ったりもします

Posted by 天魚 at 2023年10月14日 23:48
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック