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【劫】干禄字書は「劫」を〈通〉、「刧」を〈正〉としている。五経文字は「劫」を示し解説に「……従刀者本之或體今経典並従力」とある。古代に或体の例はみつからないが、後漢の武氏祠画像題字に旁を「刂」とする例がある。
【助】古代から偏の一番下の横線を旁の下まで伸ばす字体があった。草書にもその字体によるものがあるが、草書では偏の一番下の横線を最後に書く。南北朝期は偏を「目」とした。五経文字に「従目訛」とある。日本でも偏を「目」とする霊が多数派で、漱石も太宰もその字体を書いている。
【努】古い使用例がみつからない。中国で最も古い使用例が孫過庭の「書譜」で7世紀末。日本での最古の使用例は「美努丘萬墓誌」で8世紀の初め。篆書や隷書では「怒」を使う。
【励】「勵」の「萬」を「万」にかえた字体。中国では宋代の印刷本に使われているが、書道字典には見えない。日本では江戸時代に多く使われる。弘道軒には「励」の字体しかない。説文篆文では「勱」の字体のみ掲載。五経文字にも「勱」だけが掲載。康煕字典には「勵」と「勱」が異体字では無く別々に掲載されている。
【労】「火」二つを点三つに略すのは江戸時代から。

