2016年06月24日

小篆の「奈」

篆刻は通常、小篆か印篆で刻むのだが、「奈」という字は小篆にも印篆にも見えない。
『新書源』によれば、「奈」は前漢に出来た文字らしい。
『必携篆書印譜字典』を引くと「篆は柰に作る」とある。
小篆にはない形なので、「奈」のかわりに「柰」を使えということらしい。
「奈」と「柰」は異体字なのだろうか、別字なのだろうか。
小學堂」という文字検索サイトで「奈」の「異体字字典」を検索すると、『説文解字』は、表示されない。

スクリーンショット 2016-06-24 15.35.49.png

同じサイト内で「字形演變」を見ると、親文字として「祟」が表示され、説文の「示部」として「祟」の字体がある。
「包山楚簡」に「奈」の字体が見える。

スクリーンショット 2016-06-24 15.37.19.png

「小學堂」で「祟」の「異体字字典」を検索すると、説文の「示部」として「祟」が見える。

スクリーンショット 2016-06-24 15.37.46.png

「字形演變」では甲骨文までさかのぼって表示される。
《說文》「祟、神禍也。从示、从出。籀文祟从省」と説明がある。
「祟」は神の禍だという。

スクリーンショット 2016-06-24 15.38.28.png

「小學堂」で「柰」の「異体字字典」を検索すると、説文の「木部」として「柰」が載っている。

スクリーンショット 2016-06-24 15.38.51.png

「字形演變」では甲骨文まで表示される。
《說文》「柰、果也。从木、示聲」と説明がある。
「柰」は果実の形ということか。
以上をまとめると、説文によれば「祟」と「柰」はまったくの別字ということははっきりしているが、「奈」が「祟」の異体字なのか、「柰」の異体字なのかで説が分かれるようだ。
「小學堂」では、「奈」は「祟」の異体字で、「柰」は別字扱いしている。

スクリーンショット 2016-06-24 15.39.40.png

康煕字典』で「奈」を引くと「奈同柰詳木部柰字註」と説明がある。「奈は柰と同じ、詳しくは木部の柰字を註す」ということなので、今度は「柰」を引いてみると、長文の中に「俗作奈」とある。『康煕字典』では「奈」は「柰」の俗字であり、異体字という説をとっている。

さて、篆刻では「奈」、「柰」、「祟」のどれを刻んだらよいのだろうか? 

なお、篆刻では説文にその字がない場合は、側款(印の側面)にその旨を刻すのが通例になっている。「奈」が説文にない場合は、「説文無奈」または「奈説文所無」と刻す。それに続けて「奈」の字体を刻す場合は、「本當作奈」または「篆當作奈」と刻す。さらに「奈」の現在の字体を篆書風にして刻す場合は「奈从新體」とする。「从」は「従」だ。新体としてではなく「包山楚簡」に「奈」があったのを根拠に「奈」を刻す場合は、「包山楚簡有之 今从之」とする。

「柰」を刻す場合は、「説文無奈 本當作柰」とでもして、根拠を示す場合は続けて「今从康煕字典説」とでもするか。

「祟」を使う場合は、「説文無奈 本當作祟 今从小學堂説」とするか。
本来は字書の名前やサイトの名前より、その説を唱えている学者名を入れた方がよいのだが、仕方ない。

 
posted by トナン at 16:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大変興味深く拝読しております。私なりに考察してみましたので、御節介かもしれませんが、御参考までに。
こちらのサイトに解説がありました。
http://humanum.arts.cuhk.edu.hk/Lexis/lexi-mf/search.php?word=%E6%9F%B0

@甲骨文の「木+示」は「𠭥(祟+又)」の原字としてされています。この説は小學堂と食い違います。
A包山楚簡では「木+示」や「大+示」が「禍害」の意味で用いられているそうです。つまり、これらは「祟」の戦国時代での字体です。
B説文では既に「祟」と「柰」が別字になっています。戦国時代の「祟」が分化、変形して2字種になったのか。あるいは「柰」は「祟」とは無関係に、新しく生れた字種なのか。どちらが正しいかはわかりません。
C「祟」と「柰」が別字になったあと、「奈」は「柰」の異体字として使われます。康煕字典が「奈同柰詳木部柰字註」としているのは、このことだと思います。

小學堂の「奈」は、戦国時代の「大+示」を指していると思われます。「柰」の異体字の「奈」とは別物ではないかと。
康熙字典が「祟」と「奈(柰)」を別字としているのに対して、小學堂は2字が別字になる以前の、「祟」と「大+示」が異体字だった時代を対象としています。康熙字典と小學堂では、対象となる時代が違うのです。
小學堂では、秦以前の古文字が取り扱われているため、「柰」の異体字としての「奈」は載っていないのだと考えられます。
Posted by 井上心葉 at 2016年09月23日 23:48
井上心葉さま。
コメントありがとうございます。

『楚系簡帛文字編』を引きますと、「奈」の字形は「祟」に載っており、「木+示」とは別字になっています。
『甲骨文字辞典』では「奈」は「木+示」の異体字で隷書で初出となっています。

「奈」の字形は戦国時代は「祟」の異体字で、「木+示」とは別字。
漢代に「木+示」の異体字として「奈」が出現。

つまり戦国時代の「奈」と漢代の「奈」は字体は同じだけれど別の字ということのようです。
Posted by ( ´_ゝ`) 大熊肇 at 2016年09月24日 05:54
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