2008年01月04日

「渡邊」「渡辺」の「邊・辺」の異体字

「渡邊」の「邊」は異体字の多いことで有名な字です。古代中国から現在まで字体変遷を追う図版を作成しました。これを見ながら異体字がどのようにできたのか考えてみましょう。

070104-00.jpg
下の図版1―3を合わせた図版です。別ウインドで表示するとわかりやすいですよ。

070104-01.jpg
図版1

「しんにょう」は「彳(テキ)」と「止(シ)」を合わせた字なんですが、(1)には「彳(テキ)」だけで「止(シ)」がありません。旁は「自+ワ+ル+方」です。

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図版1-1

(2)は「彳(テキ)」と「止(シ)」が左右に分かれています。真ん中には「自」の下に「方」があります。「方」は(46)のような形なのですが、(47)のように誤解され後の「刀」「力」になったのでしょう。この「刀」に解されたものが現在の「辺」のルーツだとおもわれます。
また(2)の字形から想像するのは難しいのですが、(48)のように解されたものが(3)のようになったのでしょう。(3)では「彳(テキ)」と「止(シ)」が合わさっています。
(4)は「ワ+ル+方」がこのような形に解されたものでしょう。

070104-01-2.jpg
図版1-2

(5)は(49)のように書かれるべき「方」の左ハライが(50)のように点になり「寸」となったものでしょう。
(6)は「自」の下に横線が1本多いですね。
(7)は「方」が「ワ+刀」に解されたもの。
(8)は旁が「鳥」のような字体になっています。
(9)は「寸」を書いているようにも見えますし、「ル+刀」を「分」と解したようにも見えます。
(10)は「自」が「白」になっちゃってます。
(11)は「鳥」に倣ったにしても1画少ないです。
(12)は「鳥」の点の代わりに「刀」を書いた字体。
(13)は「八」の下に「刀」を書いた字体。
(14)は「人」を書いてますがこれはどこから来たのでしょう。「葛」の影響でしょうか。
(15)は「刀」の左側が飛び出してなくて、さらにハネが左ライまで伸びています。こういうのが「口」になったのかもしれません。
(16)は「分」を書いてます。
(17)は「力」に点を書いてます。
(18)は「寸」を書いてます。
(19)は(3)の説文解字の篆文を楷書にした正字ですが、「方」を書いています。科挙の答案にはこの正字を書かなければなりませんでした。
(20)は「干禄字書」という科挙用のテキストに「正字」として載っているものです。しんにょうの「彳(テキ)」を3つの点で書いています。
(21)は(3)に倣ったものでしょうが部品が一つ足りません。
(22)は正字と同じ字体です。
(23)は正字よりも横線が一本多いです。
(24)ほぼ正字と同じですが「二点しんにょう」です。
(25)「自」ではなく「白」になっています。
(26)は「干禄字書」という科挙用のテキストに「俗字」として載っているものです。

070104-02.jpg
図版2

(27)は正字と比べると「八」が足りません。
(28)はほぼ正字ですが、三点しんにょうです。
(29)は「鳥」に似た書き方ですが一画多く、しんにょうは二点です。
(30)は「鳥」に似た書き方で「刀」か「力」を書いています。
(31)は「方」を書いています。
(32)は正字と比べると「八」が足りません。
(33)は「自」の縦線が「ワ」の下まで伸びて「八」を兼ねています。
(34)は正字と同じ字体です。
(35)は「鳥」に似た字体。二点しんにょうです。
(36)は「鳥」に似た字体で「力」を書いています。
(37)は「自」が「白」になっていて下部は「又」か「久」のような形ですが、「口」とまちがわれるかもしれません。
(38)下部は「又」か「久」のような形です。
(39)「力」にしんにょうを書いています。現在につながる略字の登場です。先にも書きましたが「力」や「刀」は「方」の下部の形だとおもいます。

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図版3

(40)は「ワ」の上に点がついて「ウ」になっています。その下の「ル」と併せて「穴」です。なぜ点が付いたのでしょうか。しんにょうは下がくねらない二点です。
(41)40と同じように「ワ」の上に点がついています、しんにょうはくねる一点です。
(42)は(40)と同じ字体です。
(43)は(37)あたりから来た字体でしょう。
(44)は(39)などの略字でしょう。しんにょうは下がくねらない二点です。
(45)は現在日本で使われている略字です。「刀」は「方」の下部の変形した形だろうとおもいます。

070104-04.jpg
図版4 「明朝体活字字形一覧」文化庁文化部国語課より

明朝体の字体は康煕字典に倣っていますが、「五車韻府」だけ「ワ」に点が付いていません。ボクはこれがまっとうな正字だとおもいます。

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図版5

ヒラギノproで使うことのできる「邊」の異体字です。
「五車韻府」の字体が欲しいですね。
posted by トナン at 17:50| 埼玉 ☀| Comment(16) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私の旧制は、印刷用字体(40)のわたなべです。
祖父は香川県綾歌郡出身ですが、
書き方によって系図とか親族とかわかるのでしょうか?

Posted by 白い花 at 2010年04月29日 06:29
系図や親族とは関係ないとおもいます。
戸籍原本が手書きではなく活字印刷なのかもしれません。
Posted by 大熊肇 at 2010年04月29日 23:22
記事を面白く拝見いたしました。
本当によく調べていらっしゃいますね。
勉強になります!
ところで、最後の一覧表(図版5)の、
一番上の段の、左から2番目と3番目の文字が同じになっているように思うのですが、
いかがでしょうか?

単なる誤植なのでしょうか?

Posted by らむちん at 2011年03月11日 02:27
らむちんさま。
ご指摘ありがとうございます。
このふたつはCID番号は違うけどUnicodeは同じという文字です。
見た目は同じ字体ですね。
どちらかを削除するべきでした。
Posted by 大熊肇 at 2011年03月11日 04:02
早速お返事いただいてありがとうございます。
それにしても、こちらは、ヒラギノProという書体で使用されている文字ということなのでしょうか?
私の使っているPCでは、3種類ぐらいしか「邉」「邊」「辺」が出てこないので、
どうやったら、使えるのかなあ・・・と思いまして・・・。

お忙しいでしょうに、いろいろ聞いてしまって、すみません!

Posted by らむちん at 2011年03月11日 11:06
これはヒラギノProで表示してます。
どれだけの字形を収容しているかはフォントによります。
ボクはあまり詳しくないのですが、ヒラギノProはほぼAdobe-Japan1-6相当を収容しているとか。
Posted by 大熊肇 at 2011年03月11日 13:18
大変勉強になりました。
これほど詳しい記事に感謝致します。
ところで、記事をくまなく拝見させて頂きましたが、
疑問が出来てしまいました。
質問させて下さい。
唐突に申し訳ないです。
変なことを訊いてしまって
宜しいでしょうか。

つまるところ、「邊」という漢字は、
「ウ」のところが「ワ」、
「方」のところが「丶」+「万」、
(フォントによるかとは思いますが)しんにょうは二点しんにょう、
になっていれば、本来のまっとうな正字、
ということなんでしょうか。

お暇な時によろしくお願い致します。
Posted by くっちょん at 2011年10月05日 20:21
くっちょんさん。
古代の字体と見比べてみますと、「明朝体活字字形一覧」の「五車韻府」の字体(旁は「自+ワ+ル+方」)がもっともまっとうだとおもいます。
Posted by 大熊肇 at 2011年10月05日 21:02
しんにょうについては、1点ならくねる、2点ならくねらないのが、楷書や明朝体の基本だとおもいます。
1点でくねらないのは1画少ない。
もちろん行書や草書ではもっと略すこともあります。
Posted by 大熊肇 at 2011年10月05日 21:07
お早いお答えありがとうございます。
なるほど、やはり思った通りでした。
疑問が解けてよかったです。
之繞についてもありがとうございます。
基本知らずでした。
あの、くねりに之繞の一点や二点の影響が
あるだなんて全然知りませんでした。
篆書からみると、点画の名残りと捉えられて
明快ですね。
ということは間違った明朝体ばかりが
蔓延っちゃってるという事になっちゃって
これから気になっちゃってしまうところですね。
明朝体ってつくづく惑わせ書体って感じで
前々から明朝体の「レ型」の表現が嫌だったんですが
之繞にも…。
他の要素でも「以」とか「北」とか「武」「紫」「鬱」とかの字で惑わされちゃって
ヘトヘトです。
手元のフォントはもう全滅に近い…。
Posted by くっちょん at 2011年10月06日 00:31
くっちょんさん。

〈以〉と〈已〉については
http://tonan.seesaa.net/article/35153251.html
にあります。

「紫」については
http://www.tonan.jp/moji/09hitsumyaku/index.html
に。

「鬱」については
http://tonan.seesaa.net/article/168753579.html
にあります。

あとは拙著をお読みください。
図書館にあるとおもいます。
買っていただければうれしいけど。
Posted by 大熊肇 at 2011年10月06日 03:55
三重県の渡邊ですが、祖先はお侍だったらしく地域の歴史年表にも載っていました。
北畠家に仕えていたらしいです。
Posted by わ at 2013年12月06日 14:50
(40)使っていました
免許作る際に戸籍をよくよく調べたら、しんにょうの点は一つ、自がワ冠にくっついているものでした。
しかしある日役所からデータ統合のお知らせがきて結局(40)に統合されてしまいました(笑)
Posted by 旧姓ですが、 at 2015年08月20日 14:38
いろんな字体を使って楽しんだ方がいいですよ。
Posted by ( ´_ゝ`) 大熊肇 at 2015年08月20日 15:31
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それでは失礼致します。

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Posted by fontjp at 2015年08月20日 23:24
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Posted by fontjp at 2015年08月20日 23:24
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