「渡邊」の「邊」は異体字の多いことで有名な字です。古代中国から現在まで字体変遷を追う図版を作成しました。これを見ながら異体字がどのようにできたのか考えてみましょう。
下の図版1―3を合わせた図版です。別ウインドで表示するとわかりやすいですよ。
図版1
「しんにょう」は「彳(テキ)」と「止(シ)」を合わせた字なんですが、(1)には「彳(テキ)」だけで「止(シ)」がありません。旁は「自+ワ+ル+方」です。
図版1-1
(2)は「彳(テキ)」と「止(シ)」が左右に分かれています。真ん中には「自」の下に「方」があります。「方」は(46)のような形なのですが、(47)のように誤解され後の「刀」「力」になったのでしょう。この「刀」に解されたものが現在の「辺」のルーツだとおもわれます。
また(2)の字形から想像するのは難しいのですが、(48)のように解されたものが(3)のようになったのでしょう。(3)では「彳(テキ)」と「止(シ)」が合わさっています。
(4)は「ワ+ル+方」がこのような形に解されたものでしょう。
図版1-2
(5)は(49)のように書かれるべき「方」の左ハライが(50)のように点になり「寸」となったものでしょう。
(6)は「自」の下に横線が1本多いですね。
(7)は「方」が「ワ+刀」に解されたもの。
(8)は旁が「鳥」のような字体になっています。
(9)は「寸」を書いているようにも見えますし、「ル+刀」を「分」と解したようにも見えます。
(10)は「自」が「白」になっちゃってます。
(11)は「鳥」に倣ったにしても1画少ないです。
(12)は「鳥」の点の代わりに「刀」を書いた字体。
(13)は「八」の下に「刀」を書いた字体。
(14)は「人」を書いてますがこれはどこから来たのでしょう。「葛」の影響でしょうか。
(15)は「刀」の左側が飛び出してなくて、さらにハネが左ライまで伸びています。こういうのが「口」になったのかもしれません。
(16)は「分」を書いてます。
(17)は「力」に点を書いてます。
(18)は「寸」を書いてます。
(19)は(3)の説文解字の篆文を楷書にした正字ですが、「方」を書いています。科挙の答案にはこの正字を書かなければなりませんでした。
(20)は「干禄字書」という科挙用のテキストに「正字」として載っているものです。しんにょうの「彳(テキ)」を3つの点で書いています。
(21)は(3)に倣ったものでしょうが部品が一つ足りません。
(22)は正字と同じ字体です。
(23)は正字よりも横線が一本多いです。
(24)ほぼ正字と同じですが「二点しんにょう」です。
(25)「自」ではなく「白」になっています。
(26)は「干禄字書」という科挙用のテキストに「俗字」として載っているものです。
図版2
(27)は正字と比べると「八」が足りません。
(28)はほぼ正字ですが、三点しんにょうです。
(29)は「鳥」に似た書き方ですが一画多く、しんにょうは二点です。
(30)は「鳥」に似た書き方で「刀」か「力」を書いています。
(31)は「方」を書いています。
(32)は正字と比べると「八」が足りません。
(33)は「自」の縦線が「ワ」の下まで伸びて「八」を兼ねています。
(34)は正字と同じ字体です。
(35)は「鳥」に似た字体。二点しんにょうです。
(36)は「鳥」に似た字体で「力」を書いています。
(37)は「自」が「白」になっていて下部は「又」か「久」のような形ですが、「口」とまちがわれるかもしれません。
(38)下部は「又」か「久」のような形です。
(39)「力」にしんにょうを書いています。現在につながる略字の登場です。先にも書きましたが「力」や「刀」は「方」の下部の形だとおもいます。
図版3
(40)は「ワ」の上に点がついて「ウ」になっています。その下の「ル」と併せて「穴」です。なぜ点が付いたのでしょうか。しんにょうは下がくねらない二点です。
(41)40と同じように「ワ」の上に点がついています、しんにょうはくねる一点です。
(42)は(40)と同じ字体です。
(43)は(37)あたりから来た字体でしょう。
(44)は(39)などの略字でしょう。しんにょうは下がくねらない二点です。
(45)は現在日本で使われている略字です。「刀」は「方」の下部の変形した形だろうとおもいます。
図版4 「明朝体活字字形一覧」文化庁文化部国語課より
明朝体の字体は康煕字典に倣っていますが、「五車韻府」だけ「ワ」に点が付いていません。ボクはこれがまっとうな正字だとおもいます。
図版5
ヒラギノproで使うことのできる「邊」の異体字です。
「五車韻府」の字体が欲しいですね。
2008年01月04日
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祖父は香川県綾歌郡出身ですが、
書き方によって系図とか親族とかわかるのでしょうか?
戸籍原本が手書きではなく活字印刷なのかもしれません。
本当によく調べていらっしゃいますね。
勉強になります!
ところで、最後の一覧表(図版5)の、
一番上の段の、左から2番目と3番目の文字が同じになっているように思うのですが、
いかがでしょうか?
単なる誤植なのでしょうか?
ご指摘ありがとうございます。
このふたつはCID番号は違うけどUnicodeは同じという文字です。
見た目は同じ字体ですね。
どちらかを削除するべきでした。
それにしても、こちらは、ヒラギノProという書体で使用されている文字ということなのでしょうか?
私の使っているPCでは、3種類ぐらいしか「邉」「邊」「辺」が出てこないので、
どうやったら、使えるのかなあ・・・と思いまして・・・。
お忙しいでしょうに、いろいろ聞いてしまって、すみません!
どれだけの字形を収容しているかはフォントによります。
ボクはあまり詳しくないのですが、ヒラギノProはほぼAdobe-Japan1-6相当を収容しているとか。
これほど詳しい記事に感謝致します。
ところで、記事をくまなく拝見させて頂きましたが、
疑問が出来てしまいました。
質問させて下さい。
唐突に申し訳ないです。
変なことを訊いてしまって
宜しいでしょうか。
つまるところ、「邊」という漢字は、
「ウ」のところが「ワ」、
「方」のところが「丶」+「万」、
(フォントによるかとは思いますが)しんにょうは二点しんにょう、
になっていれば、本来のまっとうな正字、
ということなんでしょうか。
お暇な時によろしくお願い致します。
古代の字体と見比べてみますと、「明朝体活字字形一覧」の「五車韻府」の字体(旁は「自+ワ+ル+方」)がもっともまっとうだとおもいます。
1点でくねらないのは1画少ない。
もちろん行書や草書ではもっと略すこともあります。
なるほど、やはり思った通りでした。
疑問が解けてよかったです。
之繞についてもありがとうございます。
基本知らずでした。
あの、くねりに之繞の一点や二点の影響が
あるだなんて全然知りませんでした。
篆書からみると、点画の名残りと捉えられて
明快ですね。
ということは間違った明朝体ばかりが
蔓延っちゃってるという事になっちゃって
これから気になっちゃってしまうところですね。
明朝体ってつくづく惑わせ書体って感じで
前々から明朝体の「レ型」の表現が嫌だったんですが
之繞にも…。
他の要素でも「以」とか「北」とか「武」「紫」「鬱」とかの字で惑わされちゃって
ヘトヘトです。
手元のフォントはもう全滅に近い…。
〈以〉と〈已〉については
http://tonan.seesaa.net/article/35153251.html
にあります。
「紫」については
http://www.tonan.jp/moji/09hitsumyaku/index.html
に。
「鬱」については
http://tonan.seesaa.net/article/168753579.html
にあります。
あとは拙著をお読みください。
図書館にあるとおもいます。
買っていただければうれしいけど。
北畠家に仕えていたらしいです。
免許作る際に戸籍をよくよく調べたら、しんにょうの点は一つ、自がワ冠にくっついているものでした。
しかしある日役所からデータ統合のお知らせがきて結局(40)に統合されてしまいました(笑)
「 フォント 無料」の管理人のfontjpと申します。
この度は、相互リンクのお誘いでご連絡させて頂きました。
なお、勝手ながらこちらからはリンク,RSSに追加させていただきました。
突然ではありますが、何卒ご検討の程、よろしくお願い致します。
それでは失礼致します。
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