2008年02月21日

欧文フォントにお国柄はあるのか?

 ぼくが「書体にはお国柄がある」という意味の解説を読んだのは次の文が最初だったと思います。

『デザインの現場』1997年6月号 特集文字とレイアウト 美術出版社
「文字で伝えるということ 朗文堂・片塩二郎さんの話」
取材・文=千葉英寿
撮影=桜井ただひさ
より

印刷の歴史はタイポグラフィの歴史だ

(略)
 ミラノで十二年間修行したコックさんが、本格的なイタリアンレストランを日本で開業する際に、日本のあるデザイナーにトータルなデザインを依頼したんです。デザインが上がってきて、それを見た瞬間にそのコックさんは「これじゃ、フランスレストランだ。この字は使えない」と言ったそうです。その意味がデザイナーにはわからなかった。このデザイナーは、ギャラモンという書体を使っていたんです。ギャラモンは、ギャラモンというフランス人がつくった、フランスの伝統的な、まさにフランスを象徴する書体です。イタリアのイメージからは、遠い書体なんですね。一方、「GIORGIO ARMANI」など、ミラノのファッションブランドの多くのロゴに、ボドニという書体が使われています。ボドニはイタリア北部で生まれた書体で、これを見るとヨーロッパの人は「ああ、イタリアだな」と思うわけです。
 これが、タイポグラフィの「知の領域」です。
(中略)

書体に現れるヨーロッパ内の対立!?

 このように歴史の中で発達してきたわけですから、ヨーロッパのタイポグラフィは厄介な問題も抱えています。その中で、注目されるのは、カソリックとプロテスタントの宗教的対立です。日本人には宗教と書体やタイポグラフィが関係あるといっても、どうもピンとこないかもしれませんね。
 カソリックは、オーストリア、イタリア、フランス、ポルトガル、スペインといった国々に浸透しています。悪いことをしても教会にお金を持っていって懺悔すればよいという気質で、あまり働かない。概してファッションが発達し、食べ物がおいしい。そして多産系であると。これと対照的なのはドイツを中心としたプロテスタントです。ミラノからアルプスを越えてシュツットガルトに入ると、それは歴然と理解できます。とたんに質素になる。食べ物はまずい、産児制限で子供は少ない、製品は精緻、造形もカチカチしている。プロテスタントは勤勉ですから結果、産業資本ができ、物資が大量生産され、当然大量販売のために広告も必要になります。だからグラフィックデザインが盛んになるのです。
 カソリックの国ではファインアートがさかんで、神に捧げるものとされ重視される。プロテスタントでは、機能を重視するグラフィックデザインがさかんで、主たるパトロンは企業です。当然、使われる書体も違って、プロテスタントは、ジャーマンブラックレター、テキストタイプに代表されるゴシック、サンセリフにいきやすかった。カソリックは、そうした機能剥き出しの書体を嫌ってオールドローマンなどのセリフ系書体を好んで使っていました。
 ベルリンの壁が崩壊した一九八九年に、オトル・アイヒャー(一九二一―九一)が「ローティス」という書体を発表しました。アイヒャーは、ドイツのウルム造形大学の学長でドイツデザイン界の帝王といわれた人物です。このアイヒャーは、ローティスを提案し、『typographie』を著すことにより、正にタイポグラフィにおける「知の領域」というものを示したんです。当時、ベルリンの壁も取り除かれ、EU統合の動きが高まる中で遅れをとるまいという焦燥感もあったのでしょう。アイヒャーは、パリで行われた講演会で「(ローティスによって)カソリックとプロテスタントというヨーロッパの二項対立を取り除きたい」と名言したんです。これは大きな波紋を呼ぶことになりました。
 やっかいなことですが、書体には歴史や民族性や風俗、さらには宗教までがぬきがたく付着しています。ですからタイポグラファーを目指す人は、たんに書体の好悪や美醜といった即感印象だけでは不十分なのです。アイヒャーは書体の構造と背景を読み解くとき、「伝達」という役割のなかで、タイポグラファーは何をすべきかを明示したわけです。
(後略)


 どうも「書体にはお国柄がある」という話の元は、オトル・アイヒャーの『typographie』という書物らしいです。この本は見たこともありませんし、手に入れたとしてもドイツ語では読めません。

 上記の記事を読んだ3年後の2000年、スウェーデン大使館のギャラリーで知人が展覧会をすることになり、展覧会のお知らせ(葉書)のデザインを頼まれました。ぼくは欧文についての知識がほとんどなかったので、あまりトンチンカンなフォントを使ってはまずいと思い、朗文堂に電話をしてみたんです。「スウェーデンではどんなフォントを使っていますか?」って。そうしたら片塩二郎さんが電話に出て、
「スウェーデンですか。悩ましいなあ。あの国は最近までブラックレターみたいなフォントを使っていた国ですからね。オールドローマンを使った方が無難でしょうね。ギャラモンとかサボンとか……」
 まあ、録音していたわけではないので一字一句正しくはないですが、上記のようなことをおっしゃったので、ギャラモンを主に使って葉書をデザインしました。大使館の広報の方も気に入ってくれて、オープニングパーティーの時は「君があの葉書のデザイナーか」と握手を求めてきました。片塩さんには感謝しました。
 その縁で、スウェーデン大使館からイベントのお知らせが届くようになったのですが、そのお知らせはタイムズで印字してあります。
 その後、違う展覧会で来日したスウェーデンの作家が自分の作品のパンフレットを持ってきたんですが、それもタイムズで印刷してありました。その作家はスウェーデンではグラフィックデザイナーでもあるんです。で、その方に(通訳を通して)「スウェーデンではタイムズも使うんですか? フォントにはお国柄があると聞いたことがあるんですが」と聞いたところ、「昔はともかく、インターネットの世の中にどの国がどのフォントということはないですよ」とのお答えでした。
 上記の記事にぼくが過剰に反応しすぎたのかもしれません。「ギャラモンとか……」にはタイムズも含まれていたのでしょう。

 なお、
小林章著『欧文書体 その背景と使い方』美術出版社
http://book.bijutsu.co.jp/books/2006/03/post_20.html
 の74〜75ページの「3-2 お国柄を軸に選ぶ書体」という文章は、上記の雑誌の記事とは合致しません。Futuraとナチスについても、この本の74ページでふれられています。
 現在購入可能な本なので引用はしません。この本、超おすすめです。

 知識だけで頭でっかちになっちゃうのは危険です。やはり色々な国の印刷物を実際に見るべきだと思いました。
posted by トナン at 23:06| 埼玉 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 文字あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昨日、四谷地域センターでひらかれた「第3回 ちいさ
な勉強会」で、アイヒャーの思想的背景について講演さ
れたペートラ・シッファートさんにこの話を尋ねてみた
んですが、「プロテスタントとカトリックの融合」とい
う発言は本人の著作やウルム造形大のアーカイブでは確
認できず、「どこから出てきたのか見当がつかない」ん
だそうです。
ナチのプロパガンダのやり方に対する反省から、「タイ
ポグラフィが政治的発言を飾り立てて、実際より良い物
のように見せかけることは決してしてはならない(例え
ば、光沢紙に政党キャンペーンを刷ってはならない)」
のように、アイヒャーは政治とデザインの関係について
は具体的な発言をたくさんしています。それに対し、敬
虔なカトリックの家に生まれ、ナチスに対する抵抗や戦
後の市民大学活動の思想的バックボーンとなっているキ
リスト教については、デザイン/タイポグラフィに関連
する発言はほとんど皆無であるとのこと。
19冊の著作(うち、グラフィックデザインやタイポグラ
フィ関連は2冊だけで、社会批評に関する著作も多い)
を残し、ローティス村に移ってからは「思想=生活=デ
ザイン=著作」であるような暮らしぶりを実践した人で
すから、本気でそういうことを考えていたのであれば、
直接その事を書き残していた可能性が高そうです。
「アイヒャーのパリでの発言」は、通訳した人、発言を
要約した人、それを読んで紹介した人の3人ぐらいの伝
言ゲームで増幅された結果である可能性が多分にありま
すから、元の講演記録にあたって調べ直されねばならな
いのではないかと思いました。
Posted by 狩野宏樹 at 2008年02月24日 23:59
狩野宏樹さま、貴重な情報をありがとうございました。
Posted by トナン(大熊肇) at 2008年02月25日 08:18
ここで問題になっている「お国柄」について、私が『デザインの現場』の連載や本『欧文書体』で使っている「お国柄」と意味が違う気がするので、区別させてください。私が書くときには、「いかにもその国らしさを演出する書体」という意味で書きます。映画のシーンだったらエッフェル塔や凱旋門が出てくる、みたいな感じです。そういう意味での、演出としてその国らしい書体、その国の昔からの書き文字がベースになった書体、というのはあるので、そういう意味なら「お国柄はある」と言えます。

ここで Garamond をイタリア関係のものに使えない、という例が挙げられているのは、そういう演出としての話ではないですね。だから「お国柄」みたいに雰囲気を表す言葉ではピンと来ない気がします。「まさにフランスを象徴する書体」とか、「歴史や民族性や風俗、さらには宗教までがぬきがたく付着し」と書かれています。だから「国家(民族)を象徴する書体はあるのか?」みたいな言葉の方が合いますね。

さてそういうものがあるか、ということになると、そんなのがあったひにゃ昔のドイツのフォントメーカーはやってられなかったでしょうね。ドイツの D.Stempel 活字鋳造所がつくった金属活字のGaramond(現在Sempel Garamondと呼ばれるデジタル書体の元)は良質な本文用書体としてドイツの国内外で評判が高かったし、Bauer 活字鋳造所の Bauer Bodoni は金属活字時代で最高の Bodoni といわれていました。私はイギリスのいろんな本を読んででその2書体の評判を知りました。

アイヒャーの本、同僚が持っているので借りて読んでみます。
Posted by 小林 章 at 2008年02月26日 21:44
小林さん、コメントありがとうございます。
「国家(民族)を象徴する書体」はなさそうですね。
Posted by トナン(大熊肇) at 2008年02月26日 22:57
アイヒャーの『Typograohie』を同僚から借りて、ひととおり目を通しました。
ドイツ語と英語の二カ国語で書かれています。私が見た限りでは、カトリックとプロテスタントに関することは書かれていないように思いました。じっくり読んだわけでないので、それが二行くらいでまとめられているならば、見落としたかもしれませんが。

前半はアルファベットの歴史、後半は書体 Rotis のこととかレイアウトについてなどが書いてあります。

Futura もところどころに出てきます。Futura の幾何学的なエレメント、とくに正円に近い o が読みやすさの妨げになっていると書いてありますが、それがナチスの書体であるかのような話は当然ですが書いてありません。あ、これ別の話でしたね。
Posted by 小林 章 at 2008年03月01日 00:00
誤字が多くてすみません。アイヒャーの著書のタイトルは『Typograohie』でなく『Typographie』です。また、その前の書き込みで「Sempel Garamond」と書いてあるのは「Stempel Garamond」の間違いです。失礼しました。
Posted by 小林 章 at 2008年03月01日 00:54
小林さん、コメントありがとうございました。
「Futuraとナチス」の話にしても、「国家(民族)を象徴する書体」にしても都市伝説のような話がどこから出てきたのか首をかしげてしまします。
Posted by 大熊肇(トナン) at 2008年03月01日 04:30
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