まず新鮮だったのは、
「明治期から昭和初期にかけては筆記字体と印刷字体の区別はない」
というご指摘です。
考えにいれなければならないのは筆記具の変化です。
僕は「手書き=筆書き」と考えてしまいますが、明治からは鉛筆が使われます。江戸時代までは寺子屋で読み書きを覚えるのに最初から筆を使いましたが、明治以降はまず鉛筆で文字を習う。
僕は鉛筆で書いても無意識に筆脈や筆勢を再現してしまいますが、もし硬い芯を入れたシャープペンシルやロットリングなどの製図ペンで文字を書けば、手書き独特の筆脈や筆勢は出ません。
「明治以來、日本の教育現場では、國語の教科書を教へるのに、生徒に朗讀等をさせた上で書き寫させてゐました。戰爭が終つて米軍に占領されるまで、基本的に明治期から昭和初期の正字體で日本人は教育され、それを手書きでも用ゐてゐたのです。」
というご教示も筆記具の違いを考慮すればありうることです。
極端な言い方をすれば、明治以降の筆記は書ではなくレタリングということでしょうか。
僕は字体の変遷を2000年のスパンで考え、唐代の中庸に正字が書かれたのも、明治期から戦前まで活字字体風の字が書かれたのも、2000年のスパンでみればちょっとしたイレギュラーだ、ぐらいに考えていたのですが、明治期から戦前までは特別に考えなければならないかもしれません。
実際にどうだったのか、お年寄りにインタビューして調べてみます。
そのころの小説家の手書き原稿なども調べてみます。
野嵜さん。貴重なご意見ありがとうございます。
上記のような前提にたてば、この本もまったく非難するものではありません。


