
「正統なものには正統な字体を使う」という唐代以来の伝統か、筆でBの系統の字体を書いているが、細かく見るとAの系統の書き方が混じっている。
「総意」の「総」は全体的には干禄字書で正とされている字体だが、糸偏の下部はAの系統の書き方。
「深」の右下を「木」ではなく、「ホ」に書くのはBの系統ではない。
「條」の右下も「ホ」なのでBの系統ではない。
「會」も全体的にはBの系統だが、縦線が上の横線まで達しているのはBの系統ではない。
「経」も全体的にはBの系統だが、糸偏の下部はAの系統の書き方。

御名の「裕」の「谷」が左右に分かれているのは、Aの系統の書き方。

肩書きをBの系統の字体で書いているが、細かく見るとAの系統の書き方が混じっている。
「総理大臣」の「総」は干禄字書で正とされている字体だが、糸偏の下部はAの系統の書き方。
「兼」の最後の2画は左右に払わず、点々で書いている。これはAの系統の書き方。
「爵」はAの系統の書き方。
「木」「林」の縦線はいずれもはねている。「木」「林」の縦線をはねて不正解になった生徒諸君は、教師に「日本国憲法」の原文を見せるべし。
署名はAの系統で書いている。
吉田茂の「吉」は「つちよし」。これはAの系統の書き方。
しんにょうは2点で書いている。これはB系統の書き方。
運輸の「輸」はBの系統の書き方。

「蔵」はB系統の字。
「徳」はA系統の字。

活字は、秀英体の四号明朝か。
日本国憲法の公布は当用漢字字体表の告示前なので、当然旧字体で印刷されている。
日本国憲法についての映画で「日本の青い空」というのを見たことがあって、「憲法研究会」というのが草案を作るのだが、その研究会の張り紙に「憲法研究会」と「会」が現在で言う新字体で書いてあった。あれは実際にそのように書いてあったのか、それとも制作者のミスだったのだろうか?


