2024年09月10日
2024年03月30日
字体変遷字典362―371
【掃】説文には不録で、篆書では「埽」を使う。干禄字書では、「掃」を〈通〉、「埽」を〈正〉とし、異体字の扱いにしている。
【捻】2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。
【揃】JIS2004で例示字形が改定された。改定前の字形は「揃」。
【搭】1981年(昭和56年)に当用漢字表外から常用漢字表に追加された。
【携】『教育上より見たる明治の漢字』では「攜」を親字として「携」と「擕」を異体字としている。『陸軍幼年学校用字便覧』では「携」を親字として、「擕」を同字、「攜」を本字としている。
【搾】中国では木偏の「榨」を使う。ほとんど使われた形跡のない字。いつできた字なのだろう。
【搬】説文解字では「搫」の字体で「搫護不正也(搫護とは正しくない意である)」とあり、現在の「搬」とは意味が異なるので、別字種とするべきかもしれないが、参考のために掲載した。
【摸】「摹」とは部品の位置が変わる動用字(移構)の関係にあり、意味も同じだが、漢和辞典や康煕字典では別字として掲載しており、書道字典では異体字として掲載している。
【摺】JIS2004で例示字形が「摺」から変更された。
【摘】「擿」を異体字として扱っている字典もあるので、参考として掲載する。
【摯】2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。
【撰】JIS2004で例示字体が「撰」から「撰」に変更された。
2024年03月02日
字体変遷字典036
【抹】1981年(昭和56年)に当用漢字表外から常用漢字表に追加された。
【拉】2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。『教育上より見たる明治の漢字』に「拉」の字形が掲載されているが、「拉」の字種としてではなく「将」の異体字(許容字)としての掲載。
【挙】説文解字、五経文字には手部に掲載されているが、康熙字典には臼部に掲載されている。
【挟】1981年(昭和56年)に当用漢字表外から常用漢字表に追加された。
【拳】2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。
【拶】2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。
【拭】2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。
【挑】1981年(昭和56年)に当用漢字表外から常用漢字表に追加された。
【挨】2010年(平成22年)に人名用漢字から常用漢字表に追加された。
【挫】2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。
【挿】1981年(昭和56年)に当用漢字表外から常用漢字表に追加された。
【捉】2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。
【掛】中国では「掛」は使わず「挂」を使うようだ。日本でも「挂」を使っていたが、江戸時代からは「掛」が使われ始める。干禄字書では「掛」を俗、「挂」を正としている。漱石は「卜」ではなく「戈」を書いているが、このような異体字があったのだろうか?
【掘】漱石は「堀」の字体を書いている。
【捲】JIS2004で例示字形が変更、画数も1画減った。
【控】「扌+口」の異体字があったらしい。
【採】現代中国では「採」を使わず「采」を使う。干禄字書は「採」を通、「采」を正としている。「采」は2010年(平成22年)に常用漢字表に追加された。「採」「采」共に常用漢字だが、常用漢字表に載っている読みは「採」は「サイ・とる」だが「采」には「サイ」しか載っておらず、「とる」は常用外の読み。
【据】1981年(昭和56年)に当用漢字表外から常用漢字表に追加された。常用漢字表に音読みが載っていない字。
2024年01月06日
2023年06月11日
字体変遷字典 【手】抜批扶扮抑押拐拡
2023年05月23日
字体変遷字典 【手】抄折択投把
2023年05月16日
字体変遷字典 【手】打払扱托技抗承
【払】陸軍幼年学校用字便覧に「實は別字」とある。康煕字典には「払」と「拂」は別字種として掲載されている。「拂」の略字としての「払」と「拂」と別字種の「払」が字体衝突している。
【扱】康煕字典には「手」の4画にあるが、例示字体の画数を数えてみると3画しかない。旁に「及」を持つ字には4画のものと3画のものがあり不統一。康煕字典の字体そのままのものを「康熙字典体」といい、「扱」の「及」を4画にするなど不統一を統一したものを「いわゆる康煕字典体」という。
【托】陸軍幼年学校用字便覧に「託」を正體、「托」を別体として掲載されており、「實は別字」と説明がある。
【技】干禄字書に「伎」が「技」の俗字として載っている。咎なし点が付くことがある。
2023年05月07日
字体変遷字典 【戸】戻所扇【手】手才
【戻】1981年3月23日に常用漢字になった字。旧字体は「戾」。説文解字にも康煕字典にも「戾」とは別字種として「戻」があり紛らわしい。つまり「戾」の新字体の「戻」が別字種の「戻」と字体衝突したわけ。中国、台湾、香港はともに下部が「犬」だが、別字種との字体衝突を避けるために日本でも下部を「犬」にしておくべきだったとおもう。漱石は同じ意味で下部が「大」と「犬」の両方の字体を書いておりたいへん興味深い。
【房】居延漢簡は「方」が右にずれて「所」と間違えそうな字形。九成宮醴泉銘は珍しい字体で他にこのような字体は見えない。太宰治は手書きにはめずらしい字体を書いている。
【手】説文解字と五経文字には才部に分類されているが、康煕字典では手部にある。カタカナの「オ」の形に書く場合も多い。