篆書は、石に彫るための書体であり字体である。隷書は篆書とほぼ同じ時代に文字を手書きするために生まれた書体であり字体である。筆記体としての隷書が楷書を生んだのであって、手書きするために工夫されてきた隷書を抜きにして楷書はありえない。
唐の太宗の時代、楷書の字体の乱れを正そうという学者たちがよりどころとしたのが『説文解字』に例示された篆書である。学者たちは『説文解字』の篆書の字体を楷書にあてはめ、そうして作った楷書を「正(字)」とし、その他を「通(字)」、「俗(字)」とした。つまり、篆書の字体を(隷書を無視して)むりやり楷書にしたものが唐代の正字であり、後に篆書の字体をむりやり明朝体にしたものが清代の『康煕字典』である。したがって、『説文解字』の篆書の字体が間違えていれば、「正(字)」も間違えている。そういう意味で、正字とは為政者とその取り巻きの学者が決めた「正式な字体」であって、「正しい字体」ではない。
正字は、科挙の試験には必須であったが、それは皇帝からの問いへの返事などの限られた用途にしか使われていない。
本邦では明治以降、『康煕字典』の字体を印刷用字体(明朝体)に採用してきた。つまり書き文字としてはほとんど使われてこなかった字体を印刷用字体としたのである。一方、手書きには筆記体を使ってきた。印刷用字体はとても手書きできるような字体ではない。
ところが、『当用漢字表』、『常用漢字』では、印刷用字体と筆記用字体の統合が図られ、略字などが採用された。これによって字体はかえって混乱したのである。
私見では、少なくとも筆記には、伝統的な筆記体(通)を書く方が良いとおもう。筆記体は人間が書くために洗練されてきた字体だからだ。
また、当用漢字や常用漢字の略字を、略字の字体のまま篆書、隷書、草書などのフォントを作らないでほしい。書体と字体はセットなのである。常用漢字を篆書にしたものは所詮、篆書ではなく、篆書風常用漢字である。
当用漢字や常用漢字は手書きの楷書と印刷字体を定めたものなので、本来、篆書や隷書や行書や草書には及ばない。これらの書体は、当用漢字が制定される前の字体に従うべきである。

「亜」の隷書は中に横線が入る。日本の常用漢字は行書の字体である。
「愛」の通は「心」の四画からつながる。
※『顔氏字様』を編んだ顔師古でさえ通を書いていることに注意。
「悪」は通・正どちらの字体も石碑に使われる。隷書は中に横線が入る。
「握」の行書と草書には点が付くことあり。
「圧」は略字。隷書と楷書は頭に点が付く。草書では土に点が付くことあり。
「扱」は隷書、通、行書に使用例がみあたらない。
「安」の通では「うかんむり」の点と「女」がつながる。隷書はつながるものと離れているものがある。
「暗」の旁の上部が正では点だが康煕字典では横線。白川静によれば、もとの字は「闇」だという。「闇」の「音」の一画目は、正では点だが、康煕字典では横線。
1ページ作るのに1日かかってしまった。
作り終えるのはいつになるだろう。
posted by トナン at 18:04| 埼玉

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