2012年12月24日

字体変遷字典 (【卩】印危却即)


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【印】行書の偏は横線2本を書き「レ」を書くのが一般的な書き順。したがって偏の縦線は下に突き抜けない。一画目は左から右に書く。平安以降は咎なし点をつけることが多い。
【却】「卻」の異体字で五経文字や康煕字典では俗字とされているがその出現は早く、漢代にまでさかのぼる。文部省活字も俗字を採用している。旁を「阝」と誤ったものも多い。
【即】漢代の隷省/隷変である。康煕字典には「卽今作即」とある。開成石経でもこの字体が使われている。文部省活字もこの字体を採用している。漱石は正字と通字の折衷のような字体を書いている。
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2012年12月21日

字体変遷字典(【卜】卜占卦【卩】卯)


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2012年12月19日

字体変遷字典 (【十】単南卑博)


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【卑】金文では「田+攴」だが、説文では「甲+又」になっている。「攴」の上部を「田」と合体させて「甲」にしてしまったのだろう。「甲」に角がついているが、説文では「甲」単体の字にも角がついているので、これは字画ではなく説文の様式なのかもしれない。この角を字画として書いたものは説文以降もなかったが、字画として解釈したものが康煕字典の字体に採用されている。九経字様は「甲+又」としているが甲の下部の縦線をまっすぐに書いている。これは説文篆文と見比べるとおかしな解釈だとおもう。説文篆文を正字の根拠とするなら、正字は常用漢字の「卑」ではなく、人名用漢字の「卑」の方だろう。中国常用も「卑」を採用している。
【博】右上の点はつけないことの方が多いようだ。説文篆文を見ても、どうしても点をつけなければならない字体には見えない。干禄字書の字体を五経文字で訂正している。
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2012年12月17日

字体変遷字典 (【十】協卒卓卑)

人名用漢字の「卑」を追加しました。

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【協】五経文字では「恊」を訛とはせず、「心部亦有恊字與此同並訓和案」としている。
【卒】南北朝期に「卒」から異体字の「卆」ができる過程がよくわかる。
【卓】石門頌では伸ばす線がまだ1本に統一されていない。
【卑】金文では「田+攴」だが、説文では「甲+又」になっている。「攴」の上部を「田」と合体させて「甲」にしてしまったのだろう。「甲」に角がついているが、説文では「甲」単体の字にも角がついているので、これは字画ではなく説文の様式なのかもしれない。この角を字画として書いたものは説文以降もなかったが、字画として解釈したものが康煕字典の字体に採用されている。九経字様は「甲+又」としているが甲の下部の縦線をまっすぐに書いている。これは説文篆文と見比べるとおかしな解釈だとおもう。説文篆文を正字の根拠とするなら、正字は常用漢字の「卑」ではなく、人名用漢字の「卑」の方だろう。中国常用も「卑」を採用している。
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字体変遷字典(【十】協卒卓単)


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【協】五経文字では「恊」を訛とはせず、「心部亦有恊字與此同並訓和案」としている。
【卒】南北朝期に「卒」から異体字の「卆」ができる過程がよくわかる。
【卓】石門頌では伸ばす線がまだ1本に統一されていない。
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2012年12月06日

『字体変遷字典』【十】午升半


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【升】南北朝以降は咎なし点が付くことが多い。逆にいうと隷書には咎なし点は付かない。
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2012年11月29日

【匸】医匿【十】十千


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【医】「醫」の略体が元々は別字だった「医」と字体衝突した。江戸版本では「医」が大多数。干禄字書では「巫」に従う字体を〈通〉としているが、五経文字では〈俗〉としている。太宰治は『人間失格』の直筆原稿中、「醫」を1回、「医」を7回使っている。
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2012年11月04日

【匚】匡匠匪【匸】区匹


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【匡】南北朝期以降は「主+L」の字体が多数派。
【匠】中国の南北朝から日本の中世まで「匚」の「L」を「辶」と誤った字体が多数派。
【匹】「L」を「辶」と誤った字体がある。江戸版本に「区」の字体がある。現代中国では「疋」と「匹」を統合して「匹」のみを使う。
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2012年10月27日

【勹】包【匕】化北匙【匚】匝


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【包】正字は「包」で、隷書でも「包」。唐代以降は「包」「包」どちらの字体も書かれてきた。当用漢字表では「包」だが当用漢字字体表で「包」に変更された。変更する必要があったのだろうか。当用漢字字体表の発表時点で岩田母型に「包」の字体はなかった。
【化】古代の文字および説文篆文に照らせば「化」ではなく「化」が正字であり、手書きでも正字が多く書かれてきた。康煕字典の字体は不自然。
【北】手書き書体で、偏の縦線が下に突き出ることはない。正字体の多い文部省活字でさえ偏の縦線は下に出ていない。当用漢字字体表の字体は康煕字典など明朝体の字体である。
【匝】「帀」が元の字らしい。南北朝期に「帀」に「しんにょう」が加わった異体字が現れる。「匝」は「しんにょう」を「L」のように書いたものと「帀」の1画目の横線とが合体して「匚」と解釈されたものだろう。
※字体が正しく表示されていないかもしれません。上の画像を拡大してご覧ください。
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2012年10月24日

【勹】勺勾匂勿匁


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【勾】もとは「句」の異体字だったようである。干禄字書は「勾」を〈通〉、「句」を〈正〉としている。「勾配」の「勾」という用法は江戸期になって見られる。江戸期には「句」の「口」を点とする字体の使い分けも現れる。江戸期は「句」と「勺」の字体が衝突する。北魏では「句」の字種として「勾」の字体を使うことが圧倒的多数派だが唐代になると「勾」の字体は見えず、「句」に統一されている。法華義疏は「勾」の字体を書いているので唐代よりも古い時代の字体の影響を受けていると思われる。
【匂】国字。平安時代以降に使用例が確認できる。小野道風「屏風土台」では「勾」の字体を書いている。
【匁】国字。江戸時代以降に使用例が確認できる。文部省活字では「夂」の部首に分類されている。2010年に常用漢字からはずされ人名用漢字になった。
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2012年10月01日

【力】勝募勧勢勲


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【勝】干禄字書で偏の「月」の中が横線なのを五経文字で点に訂正している。康煕字典も文部省活字も同様に点。当用漢字表もこの図版でははっきりしないが点であったとされる。
【募】康煕字典ではくさかんむりが4画。
【勢】説文篆文にはなく、新附で追加された。左上の部分に様々な字体がある。
【勲】「員」に従う字体があり、後にもまれに書かれることがある。
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2012年09月22日

【力】勁勉勉勘動務勤


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※小駒さんからご指摘のあった誤りを訂正しました(2012/09/24)。

【勉/勉】中国では昔も今も正字も慣用字体もすべて「勉」。康煕字典にも「勉」はあるが「勉」はない。「勉」が現れるのは日本の江戸期だが、草書は「勉」をくずした字体。漱石も江戸期と同じ。当用漢字表は「勉」で、当用漢字字体表で「勉」に変更。当用漢字字体表の発表時、岩田母型製造所には「勉」の字体の母型はなかった。
【勘】説文にはなく新附で追加された。新附と五経文字では「甘+匹+力」の字体だが康煕字典はそれに従っていない。偏の2本の縦線のうち、左の縦線を上に出さない字体が平安から江戸にかけて見られる。
【務】「力」を下部中央に書く移構の文字が日本にはある。「攴」は「攵」に変化するが「夂」に誤ることがある。弘道軒が「夂」に誤った字体。現代中国も「夂」の字体。
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2012年09月02日

【力】劾効勅勃勇


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【劾】武威漢簡では旁が「刀」。干禄字書では旁が「刃」の字体が〈通〉。干禄字書と五経文字では偏の最終2画が異なる。
【効】古くは「交+攴」だったようだ。後漢代には「攴」は略されて「攵」になっている。南北朝期には「効」が現れる。干禄字書では「効」と「效」の意味の使い分けが書いてあり、別字という扱いになっているが、九経字様では「效」が親字で「効」は訛、つまり異体字としている。その九経字様にしても旁は「攴」の略体の「攵」が採用されている。欧陽詢は皇甫誕碑で「効」を九成宮醴泉銘で「效」を書いている。日本では上代は「效」の使用例があるが、中世以降は使用例が見えない。康煕字典には「効」と「效」の両方が載っているが、「效」の旁は「攴」ではなく「攵」だ。現代中国は「効」と「效」の両方があり、統合されていない。
【勅】古代の文字を見ると、旁は「力」のものと「攴」のものの両方があるようだ。説文篆文には「攴」のものしか掲載されていない。そのため五経文字でも正字は「敕」。偏は漢代あたりから「束」ではなく「来(來)」が書かれる。康煕字典には4種類の字体が掲載されている。
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2012年08月27日

【力】劫助努励労


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【劫】干禄字書は「劫」を〈通〉、「刧」を〈正〉としている。五経文字は「劫」を示し解説に「……従刀者本之或體今経典並従力」とある。古代に或体の例はみつからないが、後漢の武氏祠画像題字に旁を「刂」とする例がある。
【助】古代から偏の一番下の横線を旁の下まで伸ばす字体があった。草書にもその字体によるものがあるが、草書では偏の一番下の横線を最後に書く。南北朝期は偏を「目」とした。五経文字に「従目訛」とある。日本でも偏を「目」とする霊が多数派で、漱石も太宰もその字体を書いている。
【努】古い使用例がみつからない。中国で最も古い使用例が孫過庭の「書譜」で7世紀末。日本での最古の使用例は「美努丘萬墓誌」で8世紀の初め。篆書や隷書では「怒」を使う。
【励】「勵」の「萬」を「万」にかえた字体。中国では宋代の印刷本に使われているが、書道字典には見えない。日本では江戸時代に多く使われる。弘道軒には「励」の字体しかない。説文篆文では「勱」の字体のみ掲載。五経文字にも「勱」だけが掲載。康煕字典には「勵」と「勱」が異体字では無く別々に掲載されている。
【労】「火」二つを点三つに略すのは江戸時代から。
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2012年08月10日

【刀】劍【力】力加功劣


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【𠝏】当用漢字字体表から現在の常用漢字まで使われている「剣」は江戸時代に一般化された字体らしい。中国では清代が最初か。ただし、「剣」の偏の字体は鎌倉時代の墨流本朗詠にある。中国では宋代の印刷本にある。当用漢字字体表が発表された時点で、岩田母型製造所には「剣」の字体の母型はなく、印刷字体としては一般的ではなかったようだが、弘道軒清朝にはある。いつ作られたものだろうか。
【功】南北朝期は、旁を「刀」とする字体が多数派。これは書聖といわれる王羲之が誤字を書いた影響ではないだろうか。旁を「刀」とする字体を干禄字書は〈通〉としているが、五経文字では〈訛〉と訂正している。
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2012年07月30日

【刀】創劇劉


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【劉】元は「金+留」だったものが「金」に「留」から「田」を省略したものをのせ、「刀」を加えたものが「劉」ということらしい。南北朝期にはたくさんの字体があった。
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2012年07月28日

【刀】剥剖剰剩副割


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【割】通用体では偏を「害」ではなく「宀+土+口」を書く。説文の前後の時代の字体を見比べると、説文篆文の字体が特異なようだ。説文に倣った五経文字や康煕字典も特異な字体だ。説文を除いて「割」がはじめて見られるのは、魏の鐘繇の「宣示表」の1例だけ。その後「割」が見えるのは元の馮子振でその後は一般的な字体になる。日本で「割」が見られるのは、平安時代の墨流本朗詠集。
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2012年06月29日

【刀】剣剛剤


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【剣】「剱・劍・劒・劔・釰・釰・釰・釼」などの異体字がある。金文では「金+僉」、睡虎地秦簡では「僉+刀」、説文篆文では「僉+刃」、説文籀文では睡虎地秦簡と同じ「僉+刀」の字体である。つまり篇と旁の左右の位置がかわることはあるが、部品としては必ず「僉」が付き、一方の部品に「金」「刀」「刃」の3種類がある。この4種類の部品による3種類の組み合わせがこの字の基本的な字体のバリエーションである。4つの部品にそれぞれ書き方のバリエーションがあるために異体字が増えてしまったようだ。日本の平安時代初期に「金+刃」の字体が出現するが、これは「僉」を「金」と見間違えた誤字か、あるいは「金+刃」として新たに作られた会意文字であろう。「僉」の部分を現在のように書くようになったのは中国では宋代、日本では鎌倉時代からのようだ。

【剛】最澄が、旁を「寸」とし、空海も灌頂記でこの字体を書き、後に藤原忠親もこの字体を書いている。中国には例のない異体字である。現代中国の字体には偶然かもしれないが古代文字の字体を生かされている。
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2012年06月04日

【刀】刹削前則剃


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【刹】説文には未掲載。新附に「柱也。从刀、未詳。殺省聲。」とある。文部省活字では偏の「ホ」に点がついている。
【前】元は「止」と「舟」を合わせた「歬」の字体らしい。甲骨には「行(十字路の形)」のついたものもある。「歬」に「刀」が加わり、「止」が略体になったものが「前」らしい。あったものが略されるのならわかるのだが、なぜ「刀」が加えられたのかは謎である。説文には別字で「止+舟+刀」の字体の篆文が載っている。これは「剪」という字である。元々「止+舟+刀」の字体なのにさらに「刀」を加えて「剪」となった。こちらもなぜ「刀」が加わったのか謎である。
【則】古代には4種から5種の字体があったようだ。説文では「則(貝+刀)」の字体が正体とされていて、漢代以降もその字体が書かれているから、始皇帝時代に統一された字体は「則(貝+刀)」だったのだろう。ところが権量銘に用いられている字体は「鼎+刀」である。始皇帝は度量衡の統一と文字(字体)の統一をしたといわれるが、まず度量衡の統一をして、後に文字(字体)の統一をしたのだろう。
【剃】南北朝期より古い使用例がみつからない。五経文字には説文篆文に対応する字体が「彡」部に掲載されている。
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2012年05月22日

【刀】利券刻刷刺制


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【刻】一画目は説文篆文、五経文字、康煕字典は共に横線。通用体活字と漢字整理案に異体字がある。康煕字典の古文は根拠を確認できない。
【刺】睡虎地秦簡や漢以降に書かれた字体を見るかぎり、説文篆文の字体は誤りなのではないか。
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