2015年12月21日

2015年11月15日

字体変遷字典・p.162–169

162-169jitai.pdf

現在、できているのはここまでです。
はやく仕上げたいのですが、生活もあるので、これだけやっているわけにいきません。
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2015年05月22日

『私家版 仮名で見分ける活字ガイド』改訂150522

『仮名で見分ける活字ガイド』を改訂しました。
◇精興社8pt
◇三陽社8pt
を追加しました。

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2015年03月14日

『私家版 仮名で見分ける活字ガイド』改訂150314

『仮名で見分ける活字ガイド』を改訂しました。
◇秀英8pt
◇大日本法令印刷8pt(岩田母型8pt)
を追加しました。

PDFデータ(2〜5ページ分)
kumihandojo02-3_02-05.pdf

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〈追加した部分〉

秀英8ptは「か」「が」、「さ」「ざ」、「た」「だ」、「と」「ど」の字形が違います。

この資料は「大熊肇の組版道場」で配付しているものの一部で、この後に、昔から近年の印刷物が30種ほど掲載してあって、使われている活字や組み方の変遷などをみんなで考えます。

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使われている活字名は伏せてあり、みんなで考える。

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ルビに肩付きと中付きが混じっています。ケースバイケースなんですね。なるべく作業を少なくしてる。

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2014年05月20日

大日本印刷の8ポイント?


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坪内逍遙著『小説神髄』岩波文庫です。
1936年(昭和11年)1刷、これは1988年(昭和63年)17刷です。
これ、大日本印刷の8ポイント活字ですよね、たぶん。
測ると6号よりも小さいくらいですけど、きっと紙型が縮んだんでしょう。
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原本を確認!「当用漢字表」の「隠(隱)」

『文字の骨組み』2刷の間違いとご指摘(2014/05/09)の小駒勝美さんからのご教示の内容を確認するため国立公文書館で『官報』に発表された当時の「当用漢字表」と「正誤」の原本を確認してきました。
これまで国立国会図書館所蔵の「当用漢字表」の画像を使っていましたが、不鮮明で困っていました。
国立公文書館では原本を直接さわることができ、しかもデジタルカメラでの撮影可なのです(三脚使用は不可)。

「当用漢字表」は昭和21年(1946年)11月16日の『官報』号外に掲載されました。
「当用漢字表」には131字の新字体が示され、旧字体がカッコで囲まれた形で掲載されました。
戦争直後の物資が少ないせいか、粗悪な紙に小さな活字で印刷されたため、細部がよくわからない字が散見されます。
「当用漢字表」が発表された翌年の昭和22年(1947年)6月9日の『官報』に「正誤」が掲載されました。
「正誤」には「当用漢字表」の「正誤」11字種が載っていました。

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昭和22年(1947年)6月9日の『官報』に掲載された「正誤」(国立公文書館所蔵)

これもまた粗悪な紙に小さな活字で印刷されたため、細部がよくわからない字が3字種ありました。
そのうちの1つが「隠」の旧字体「(隱)」なのですが、国立国会図書館の『官報』では〈誤〉がどう誤っているのかがはっきりしませんでした。
ある本では「隱」の旁の上部の「爪」が「ノ+ツ」になっている字体が〈誤〉として載っています。
それで拙著『文字の骨組み』357頁にも「隱」の旁の上部の「爪」が「ノ+ツ」になっている字体を掲載しました。

次の写真が国立公文書館にある「当用漢字表」の原本の「(隱)」部分を接写したものです。
小駒さんのおっしゃるとおり、鉛筆で「ゴシクスに非ず」という書き込みがあります。

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鉛筆で「ゴシクスに非ず」という書き込みがある(国立公文書館所蔵)

次の写真は左から「当用漢字表」の「(隱)」、「正誤」の〈誤〉の「(隱)」、「正誤」の〈正〉の「(隱)」です。

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左から「当用漢字表」の「(隱)」、「正誤」の〈誤〉の「(隱)」、「正誤」の〈正〉の「(隱)」(国立公文書館所蔵)

やはり「当用漢字表」の「(隱)」、「正誤」の〈誤〉の「(隱)」はゴシック体のようです。
つまり「当用漢字表」の「(隱)」の誤りは、字体の誤りではなく、書体の誤りだったのです。

小駒勝美さん、ご教示感謝します。
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2014年02月16日

「音引き」が〜!

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「バター」の「音引き」が〜!

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2013年10月01日

居酒屋「舞心」さんのTシャツの文字を揮毫


近所にある居酒屋さんのTシャツの文字を揮毫させていただきました。

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背中面です。
見る人が見ればわかるとおもいますが、明代の傳山の書を下敷きにしました。

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オモテ面の字は、呉昌碩の書を下敷きにしました。

海鮮酒場 舞心(ぶしん)
春日部市中央1-47-1 電話:048-733-1113


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2013年09月28日

平仮名の横線から縦線への運筆の回転方向について


30年ほど前、1年間だけ書道教室のお手伝いをしたことがあった。
子供が書いてきたお習字に朱で直したり丸をつけたり、お手本を書いたりしていたのだが、どうにも腑に落ちない字があった。
それが平仮名の「さ」だ。

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平安時代の「さ」は〈Aの運筆〉のように、横線を左から右に書き、そのまま逆時計方向に運筆して右から縦線(斜め線)に続く。
これが草書や平仮名の運筆であり、効率的でエコな運筆だ。

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ところが小学生のお習字は〈Bの運筆〉のように、横線を左から右に書き、止まって、左に引き返して、時計方向に回転して、左から縦線(斜め縦)に続かなくては書けない。
これは草書や平仮名の運筆というより、行書や楷書の運筆に近い。
こんな不思議な平仮名の書き方を子供に教えて良いのかどうか迷った。
調べたところ、小学生に教えるお習字は教科書体に準じた字を教えていることに気づいた。

横線から縦線(斜め線)に続く平仮名は、47字(「ん」を加えると48字)中、15字もある。
実に3分の1近い比率だ。
だとすれば、横線から縦線(斜め線)への運筆は、その平仮名を特徴付けるのではないか。
そう思って調べたのが次の表である。

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〈Aの運筆〉は地色を黄色に、〈Bの運筆〉は地色をピンクにしてある。
〈Aの運筆〉か〈Bの運筆〉か判然としないものは白地にした。
ブルーの地色になっているのは〈Aの運筆〉と〈Bの運筆〉がまざっている字だ。

平安時代の「高野切」は第一種から第三種までほとんどが〈Aの運筆〉。
鎌倉時代の「墨流本朗詠集」は〈Aの運筆〉が優勢だが、平安時代よりも〈Bの運筆〉が少し増えている。
これは鎌倉時代には「漢字仮名まじり」に書かれることがはじまり(平安時代も仮名に漢字はまざっていたが鎌倉時代は漢字が多くなり)、平仮名が漢字の運筆に影響されているのではないかと思う。
フォントの「かづらき」は鎌倉時代の藤原定家の書を元にしたもので、ほとんどが〈Aの運筆〉で書かれている。

江戸時代初期の木活字印刷、嵯峨本『伊勢物語』は、〈Bの運筆〉だけで書かれている字種が15字中4字、〈Aの運筆〉と〈Bの運筆〉で書かれている字種が5字ある。
これは『伊勢物語』が漢字仮名まざりであるために、漢字に調和した仮名を使っているためだと思う。

金属活字から起こしたデジタルフォントの「築地体後期五号仮名」、「築地体三号細仮名」、「秀英5号」を見てみよう。
「築地体後期五号仮名」は、〈Aの運筆〉の字種が15字中1種しかなく、漢字(楷書、行書、明朝体)に合わせて作られた仮名活字だといえそうだ。
「築地体三号細仮名」は、〈Aの運筆〉の字種が15字中7字あり、草書、平仮名の運筆を多く取り入れた仮名活字だといえる。この活字は嵯峨本『伊勢物語』に似ている字が多いように思う。
「秀英5号」は、〈Aの運筆〉の字種が15字中3字である。
上記3つのフォントは「さ」だけは〈Aの運筆〉である。

「教科書体」は15字すべてが〈Bの運筆〉であり、平仮名を楷書の運筆で書いたものだといえる。

なお、上記表の中で、「け」が〈Aの運筆〉なら「は」も〈Aの運筆〉、「け」が〈Bの運筆〉なら「は」も〈Bの運筆〉とほぼ一致しており、「け」が〈Aの運筆〉で「は」が〈Bの運筆〉ということはまずない。
「た」と「な」も同様である。

      
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2013年08月06日

「呑」と「吞」


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「呑」と「吞」は異体字。説文も、中国や日本の慣用字体もほとんど「吞」を使っているのに、使われていない「呑」がJIS第一水準にある。
使われてきた「吞」はJIS第三水準にある。
なお、人名に使えるのは人名用漢字の「吞」で、「呑」はJIS第一水準ではあるが、常用漢字でも人名用漢字でもないので人名には使えない。
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2013年08月05日

「呈」と「口+ノ+土」


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「呈」と「口+ノ+土」は異体字。
説文に従えば「口+ノ+土」が正字体。
唐代の正字体は見えないが、康煕字典では「口+ノ+土」を採用。
慣用字体の中国での使用例は「口+ノ+土」が優勢だが、日本では「呈」が優勢。
これは上代に伝わった字体が「呈」だったからではないだろうか。
明朝体の字体は康煕字典以来、正字体の「口+ノ+土」だが下部が「ノ+土」のものと「ノ+士」のものがある。
当用漢字字体表は、現代に近い時代に手書きで書かれてきた字体を採用する傾向があり、中国は歴史的に書かれてきた字体を採用する傾向があるように感じる。
とすれば、中国は「口+ノ+土」を採用して、日本が「呈」を採用するはずだが、両国とも「呈」を採用している。
なお、『陸軍幼年学校用字便覧』では「口+ノ+土」と「呈」を「元は別字」とする。
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2013年08月04日

いかにして「弔」が「吊」になったか


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干禄字書、康煕字典ともに「吊」は「弔」の俗字としている。
『陸軍幼年学校用字便覧』は「實ハ別字」としている。

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間に草書を介すると「弔」から「吊」ができた過程が理解できる。
字体の変遷をみるかぎり、「吊」と「弔」は異体字と見て良いだろう。
そもそも「弔」も隷省であって、説文篆文に倣えば上に「刀」が付く字体が正字である。

「吊(つる)」と「弔(とむらう)」という意味はいつ分かれたのか。
江戸期は「弔」を「つる」、「とふらひ」、「吊ひ」を「とふらひ」、「とむらひ」と読むなど意味は分かれていない。
『陸軍幼年学校用字便覧』(大正3年編纂、昭和13年改訂)では「吊」を「弔」の許容字体として扱っているから、まだ意味は分かれていないと見るべきだろう。
太宰は「吊」と「弔」を明確に使い分けている。
とすると「吊」と「弔」の意味が分かれたのは、昭和13年から23年の間ということだろうか。
現代中国では「吊」と「弔」は「吊」に統合されているようだ。
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2013年08月03日

「吉」「𠮷」再々考


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「吉」再考の再考。
「吉」いわゆる「さむらいよし」と、「𠮷」いわゆる「つちよし」問題。
古代はどちらでも良いらしい。
漢代の隷書以降は「𠮷(つちよし)」が圧倒的に多いのだが、説文篆文がたまたま「吉(さむらいよし)」だったために「吉(さむらいよし)」が正字になった。
五経文字は説文篆文にならって「吉」だが親字としての掲載はなく、他の字の説明中にある。
日本でも「𠮷(つちよし)」が圧倒的。江戸時代は使用例が少ないが「吉(さむらいよし)」も現れる。
弘道軒には「吉」「𠮷」の両方がある。
驚くべきことに、漱石は「吉」「𠮷」の両方を使っている。
太宰は「吉」しか使っておらず、正字や明朝活字の影響を見てとれる。

隷書、楷書および楷書の行書は「𠮷(つちよし)」を書き、説文解字の篆文に倣った五経文字、康煕字典、康煕字典に倣った明朝体は「吉(さむらいよし)」を書く。
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2013年08月01日

「右」の書き順の復習


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以前書いた「右と左はなぜ書き順が違うのか」のとおり、書き順は中国では左払いを先に書くものが圧倒的に多いようです。
篆書の手の、指を先に書いて腕を後から書くからです。
ところが日本に伝わったのは横線を先に書く書き順だったようです。
平安中期には左払いを先に書くものと、横線を先に書くものが共存しています。
江戸期は横線を先に書くものが圧倒的に多くなり、左払いを先に書くものはごく少数になります。
「当用漢字字体表」は現代に近い字体を採用しているようです。
もし書き順も現代に近いものを採用するのであれば、「右」は横線から書くことになりそうですが、「右」は例外のようです。
実際、『書き順の手引き』では当初、「右」を横線から書くという内容だったらしいのですが、江守賢治さんの意見を取り入れて、左払いからに変更されたそうです。
現代中国では横線を先に書くそうです。
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2013年07月25日

「敍」「敘」「叙」


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「敍」「敘」「叙」は同じ字種の異体字です。

説文篆文の字体に従えば「敍」となりますが、「攴」と「攵」は通用しますので、唐代の正字体は「攵」を採用しています。「子弾庫楚帛」の旁は「攴」ですが、解釈によっては「敘」になります。
『陸軍幼年学校用字便覧』では「敍」を〈本字〉、「敘」を〈正字〉、「叙」を〈許容字〉としています。

『干禄字書』や『五経文字』では「叙」は〈俗字〉や〈訛〉とされています。

いままで「敘」が「叙」に変化したのだとおもっていました。ところが、隷書に「叙」しかないこと。甲骨の旁(旁が左に有る)が「又」ですから、古代から「叙」になるべき字体が存在していて(説文篆文には伝わらずに)それが隷書に伝わったとも考えられます。

明朝体の「攴」には縦線が中央のものと左に寄ったものの2種があります。

そもそも当用漢字表の手書き原稿では「敘」でしたが1946年の官報で印刷された活字の字体は「敍」(の縦線が左に寄ったもの)でした。1947年、官報で「敘」に訂正されましたが、1949年の当用漢字字体表で採用されたのは「叙」でした。

人名に使える字体は以下の通りです。
「敘」1948年1月1日〜1981年9月30日
「叙」1949年4月28日〜現在
「敍」1981年10月1日〜現在

「敘」は唐代の正字体でありながら、1981年9月30日いっぱいで名付けに使えなくなり、翌日の1981年10月1日からかわりに「敍」が使えることになりました。

1981年まで、当用漢字表にある親字と当用漢字字体表にある字の両方が名付けに使えたのです。ところが1981年に常用漢字表が告示されたときに、名付けに使える字は常用漢字表の親字と〈括弧書きされた旧字体と当用漢字表にある親字の字体〉と決まったからです。「敘」は当用漢字表にはありましたが常用漢字表の括弧書きの字は「敍」だったために名付けに使えなくなりました。

それなら「敍」は当用漢字表になかったのだから名付けに使えないはずですが、特例として使えるようになったようです。それは当用漢字表が告示されたときから翌年に訂正されるまで生きていたからでしょうか。

追記(2013/0725)
当用漢字表、当用漢字字体表、常用漢字表などに記載された字体をまとめると以下の通りです。

「敘」当用漢字表の手書き原稿。
「敍」当用漢字表(1946/11/16)
「敘」官報上で訂正(1947/06/09)
「叙(敍)」常用漢字表(1981/10/01)

〈疑問〉当用漢字表(1946/11/16)から官報上で訂正(1947/06/09)までの間は、「敍」と「敘」のどちらが人の名付けに使われていたのでしょうか?
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2013年07月23日

総画数9画「勉」(人名用漢字)と総画数10画「勉」(常用漢字・教育漢字)


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よく見ると1画違うこの漢字。
総画数9画の「勉」(人名用漢字)と総画数10画の「勉」(常用漢字・教育漢字)。
中国では昔も今も正字も慣用字体もほとんど(例外は敦煌漢簡)が総画数9画の「勉」。
康煕字典には総画数9画の「勉」はありますが総画数10画の「勉」は載っていません。
日本で総画数10画の「勉」が現れるのはたぶん日本の江戸期で、その後は総画数10画の「勉」の方が隆盛になるようです。
弘道軒、夏目漱石、文部省活字なども総画数10画の「勉」を書いていますが、当用漢字表は総画数9画の「勉」で、当用漢字字体表で総画数10画の「勉」が採用されました。
当用漢字字体表が発表された時点で、岩田母型製造所には総画数9画の「勉」の母型しかありませんでした。
当用漢字字体表は歴史的にどの字体が多く書かれてきたかではなく、より近い時代に書かれていた字体を採用する傾向があるようです。
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2013年07月22日

ナイロン毛と獣毛の兼毫

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あまり大きな声では言えないのですが、実はボク、筆ペンなどに使われているナイロン毛が好きなんです。
腰があっていいです。乱暴にあつかっても丈夫だし。
欠点は紙から筆を離すときに、戻りが早すぎて変なハネとかハライになってしまうことと、墨が続かないことです。
そこでこの筆なんですが、命毛(のげ)にナイロン毛を使っていて、まわりを獣毛が囲んでいます。
獣毛も1種類じゃなくて、鹿、羊、馬の3種類を使っています。
筆の名前は「はなまるくん」W。
ボクみたいな技術の人にはとても書きやすいです。
中筆というのもいいですね。
半紙に3行ぐらいで書くのにちょうどいいです。


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「圓」を「円」と書いたのは空海が最初?


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「圓」を「円」と書く例は中国にはみつかりません。
確認できる最古の使用例は、空海の「三十帖策子」で、その後ずっと使われ続けています。
「円」といっても空海のは「圓」の「員」を縦線に略したものなので、くにがまえの下の横線がずいぶん下の方にあります。
平安時代の『元暦萬葉集』の「円」は下の横線が少し上に上がっているようです。

中国では「圓」を書きますが「員」の上の「口」の部分は「ム」を書きます。
これは唐代の正字体の『五経文字』でも同じです。
これには四角形の中に四角形を書くのを避けるという美意識が働いているように感じます。

鎌倉時代の『墨流本朗詠集』には、くにがまえを点々に略す例が現れます。
「口」は草書では漢代あたりから点々に略していましたが、「囗・くにがまえ」を点々に略すことはありませんでした。
それを鎌倉時代以降は点々に略すようになり、江戸時代には一般的な字体になります。

明治初期(訂正:岩田母型製造所が所有)の弘道軒清朝体には「圓」の字体が見えず、「円」しかありません。

【追記】2013/07/22
小池和夫さんから、弘道軒清朝体で印刷された、坪内雄蔵著『当世書生気質』晩青堂(明20.6)には「圓」が使われている、とのご指摘がありました。


しかもくにがまえの下の横線は上に上がって完全な「円」の形をしています。
夏目漱石も手書き原稿で「円」を書いています。
文部省活字では「圓」ですが、「当用漢字表」では「円」を使っています。
学校で正字を習った世代だとおもわれる太宰治も、手書き原稿では略字の「円」を書いているのは興味深いところです。

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2013年07月21日

たくさんの異体字がある「兎」


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「兎」は、甲骨文にはたくさんの例がありますが(6種類だけ紹介)、金文の例がみえません。

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などたくさんの異体字がありますが、もっとも多く書かれてきたのは「兔」です。
五経文字では「兔」の最終画が点ではなく横線。
康煕字典では「兔」を本字とし、「兎(兎ではない)」を俗字とします。
「兎」は中国では明代に書かれはじめたようです。
江戸時代は「莵」の使用例が多いようです。
弘道軒が見慣れない字体を採用していますが、漱石も弘道軒と同じ字体を書いています。
弘道軒の字体は、明治時代には普通に書かれていた字体なのかもしれません。
驚いたことに文部省活字も同じ字体です。

※上記テキストは環境によって表示される字体がかわっている可能性があります。字体は画像で確認してください。
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なぜ金属活字にアンチモンを混ぜるのか

さきほどTBSラジオ『夢★夢 Engine!』を聞いて目から鱗が落ちました。

氷が水に浮かぶのはなぜか?
水が凍ると体積が大きくなるからです。

ではなぜ水が凍ると体積が大きくなるのか?
それは水素結合によって分子と分子の間隔が広がるから(うろ覚えです)だそうです。

水のように、液体が固体になる(凝固)ときに体積が大きくなる物質は稀で、ほとんどのものは凝固するときに体積が小さくなるんですって。

水の他に、凝固するときに体積が大きくなる代表的なものは、アンチモンという金属。

金属活字を鋳込んで、凝固すると鉛をはじめ、ほとんどの金属は体積が小さくなります。
それで凝固すると体積が増えるアンチモンを少し混ぜて、凝固しても体積が変わらないように調整しているのだとか。

長年の疑問が払拭されました。
皆さんはご存じでしたか?

TBSラジオ『夢★夢 Engine!』(2013年7月21日・日曜日午前0時30分から)にて。
パーソナリティー:松尾貴史、加藤シルビア
ゲスト:左巻健男
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